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国際観光都市・神戸 中編

「――ご親切なお嬢さん、どうもありがとう。ところで、そのステキな彼はどなた?」

 キレイなブロンドの髪をした奥さまが、一緒に歩いている(……というか、わたしに引きずられている?)貢に目を遣って英語で質問してきた。

「彼は、わたしの夫です。わたしたち、昨日結婚したばかりで」

 わたしは満面の笑みでそう答える。日本語では百パーセントノロケにしか聞こえないセリフも、英語でだったら自然に言えるから不思議だ。

「ええっ? 君たちは夫婦なのかい? そんなに若いのに」

 ダンナ様の方が、オーバーなくらいに目を瞠った。「若すぎる(トゥーヤング)」という単語は、貢にも通じたのか通じていないのか。

「ええ。わたしは十九歳で、彼は二十七歳です」

「十九歳? お嬢さん、あなたまだ学生なんじゃないの?」

 年齢だけでわたしを大学生だと思ったらしい奥さまに、貢がここにきて初めて「No(いいえ)」と口を挟んだ。

「彼女は僕の会社のトップレディです」

 彼は自信ありげに英語でそう言ったけれど、「トップレディ」はなんか違うような……。それなら「プレジデント」の方がまだしっくりくるんじゃないかしら?

「彼の言ってることは本当です。わたしは大きな企業グループの会長で、彼はわたしの秘書なんです。彼はわたしにとって、すごく大切な人なんです」

 彼のフォローの意味でも、わたしはそう補足した。
 そして、彼には多分理解できないであろう複雑な英語も使い、彼とわたしがどんな風に出会って恋に落ちたのか、どれほどわたしの心の支えになってくれているかをイギリスから来られたこのご夫妻に話して聞かせた。

「あら、そうなの? そんなに可愛らしいから、学生さんだと思い込んじゃって。ゴメンなさいね?」

「妻は思いついたことを、その場で何も考えずに行ってしまう悪いクセがあってね。本当に申し訳ない」

 ご夫婦で謝られ、何だかくすぐったい気持ちになったわたしは「気にしないで下さい(ドンウォーリー)」と言って肩をすくめた。
 日本には「袖()り合うも他生(たしょう)の縁」という言葉がある。でも、旅先で知り合っただけの人たちに同情されるのはイヤだった。

「――さあ、着きましたよ! ここが〝風見鶏の館〟です」

 公園を左に折れると、キュートな風見鶏がシンボルの、茶色っぽいとんがり屋根の建物が見えた。

「可愛いトップレディさん、案内ありがとうございました。いい旅を」

「ええ。貴方がたも、いい旅を」

 異国のご夫婦とはここでお別れして、わたしたちは周囲を散策することにした。
 今日もいいお天気で、ちょっと蒸し暑い。こんな陽気の日は、冷たいソフトクリームが食べたくなる。

「貢ー、そこのお店でソフトクリーム買おうよ」

「ああ、いいですねぇ。行きましょう」

 わたしが指さした先、さっき上ってきたトーマス坂をちょっと下ったところにあるお店は、神戸市内にある六甲山(ろっこうさん)牧場の乳製品を使ったソフトクリームやスイーツなどが評判を呼んでいるお店らしい。
 わたしたちが泊っているホテルも六甲山系のお膝元に位置しており、この山には有名なオルゴールミュージアムもある。残念ながら、今回の旅のコースには入っていないけれど……。

「――すみません、ソフトクリーム二つ下さい。わたしはチョコで。貢は?」

「じゃあ……、僕はピスタチオ」

「かしこまりました。お会計、千百五十円です」

 ここでの支払いは貢がしてくれた。わたしが払ってもよかったのだけれど、たまには彼に花を持たせてあげてもいいかもしれない。でも、千円ちょっとじゃ「花を持たせた」ことにはならないか……。

 ここでは店内での飲食もできるのだけれど、わたしたちはテイクアウトして、風見鶏の館前の公園のベンチに座って味わうことにした。

「美味しいね―。……そうだ! 別々のフレーバー買ったんだし、どうせならシェアしない?」

 チョコレート味のソフトクリームも濃厚で美味しいけれど、彼が舐めているピスタチオ味も気になってきた。
 しばらくじーっと見つめていると、貢が気づいて「……どうぞ」と食べかけだった淡いグリーンのそれを差し出してくれた。

「いいの!? ありがと! いただきま~すっ!」

 わたしは嬉しくなって、上からパクッとかぶりついた。彼が口をあんぐり開けて固まっている。

「うん、コレも美味しい! ……あれ、どしたの?」

「どうしてかぶりつくかなぁ。スプーンもらってるんだから、ちょっとだけ(すく)って食べるとかできたでしょう」

「……あ、ゴメンね。じゃあお詫びに、コレにかぶりついちゃっていいから」

 わたしはテヘヘッと舌を出して謝った後、貢にも食べかけだったチョコ味のソフトクリームを差し出す。
 彼もわたしに負けないくらい豪快に、大きな口でかぶりついた。二十代も後半の大人の男性なのに、すごくわんぱくな男の子に見える。
 旅先の解放感がそうさせるのか、わたしたちは人目も気にせずにイチャイチャしているけど、恥ずかしいとは思わない。

「……なんか楽しいね、こういうの」

「はい? 〝こういうの〟って、二人で旅行するのが……ですか?」

「まぁ、それもあるんだけど。こうやって外で、貴方と二人でベタベタするのが、かな。わたしって、経済界じゃけっこうな有名人じゃない? だから、東京にいる時はデートしてても、ついつい人の目が気になっちゃうの。でも、旅先だったら誰もわたしたちの様子なんて気にしないでいてくれるから」

 つまり、向こうはわたしのことを知っているけれど、わたしにとっては知り合いじゃないから気が楽、ということ。

「それに、こんなにのんびりできるのも久しぶり。会長になってからはずーーっと忙しかったもん。学校行って、出社して仕事して。結婚が決まってからはその準備も。考えてみたら、のんびりしてるヒマなんてなかったよね」

「う~ん、確かにそうかもしれませんね。絢乃さんは責任感強すぎなんですよ。何でもかんでも自分で背負い込んじゃって、僕に少しくらい負担かけてくれてもよかったのに。そのための秘書でしょ」

「うー……、そうかも」

 貢の指摘はごもっともだった。わたしは貢に気を遣いすぎていたのかもしれない。そこに反論の余地はなかった。

「でも、僕にはちゃんと心を開いてくれてるんだなってことは分かりますよ」

「ん? どうしてそう思うの?」

 わたしはちょっと溶けてきたチョコソフトを舐めながら、キョトンとして彼に返事を求める。

「喋り方が砕けてきたっていうか、よそよそしさがなくなってきたっていうか。なんか、語尾が丸くなったなぁって。……僕の言いたいこと、分かります?」

 どう言い表していいのか分からないのか、彼の答えはしどろもどろだ。でも、大まかな意味はわたしにも通じた。

「……うん、何となく。だって、もう他人じゃないもん。仕事の時はともかく、プライベートで気取りなんていらないもんね」

「…………はい。そうですよね」

 何となく心がほっこり温かくなって、その後は会話その空気を楽しむように会話せず、二人で残ったソフトクリームをコーンまで一気に食べてしまった。

「――じゃあ、僕たちも〝風見鶏の館〟に行きましょうか」

「うん! 行こ行こ♪」

 わたしは貢と腕を組んで、再びトーマス坂を上り始めた。吹く風はちょっと湿っていて、穿いている膝下丈のフレアースカートの裾が脚にまとわりつくけれど、それすら全然イヤだと思わなかった。

****

 ――〝風見鶏の館〟は、明治時代後期にドイツ人の貿易商一家の住居として建てられたらしく、それ以来百十年以上も神戸の歴史を見守り続けてきた建物だ。二度の世界大戦もくぐり抜けてきたこの館には、ものすごいロマンを感じる。

 かくいうわたしの家、つまり篠沢家にもそれと同じくらいの長い歴史がある。
 母の七代前に当たる初代の篠沢家当主が始めた〈篠沢商会〉という企業グループが現在の〈篠沢グループ〉の前身で、初代と二代目とで今のような大財閥にまで成長させたのだそう。

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