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第十一話

「やはり大人しく引きさがるような方ではないようですね……」
眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせて、クラウディオは扉の向こうを透かして見るような表情を浮かべる。

「アリッサ姫を部屋から出さぬように」
扉を開けると、そう言いおいて彼は部屋を出ていく。追って出ようとした私を押し返す扉を守る護衛達に、私は一歩二歩下がりながらも、彼らの肩越しに外の光景に目を向ける。

「強襲だ」という声が何処からともなく聞こえる。船室の外はかなり騒がしかった。

「姫様はこちらで大人しくしていてください」
それだけ言うと、護衛は後ずさりしてそのままソファーに座り込んだ私を一瞥すると、再び扉を閉めてしまった。

私は今見た光景を思い出しながら状況を整理する。

船室についた小さな窓から外を覗く。船首を金属で覆ったあまり見かけない船がこの船の腹に突き刺さっている。

多分、この船の腹に突き刺さっているのは、この海域で出現するという噂の海賊船に違いない。

船首を金属で覆った船で追突し、相手の船の航行不能にしたうえで、略奪行為を働くのだ。

まあ叔父様に聞いたところ、ある程度、先にわいろを渡しておくことで、襲われないようにする方法もあるみたいだけど。

その仲介をマリー・エルドリアがやっているっていう噂は聞いた事がある。

だとしたら……この状況、セシリオの関与は疑う余地もないよね。ってことは間違いなく、そこまで彼が来ている。

無理やり飲んだ解毒剤が効いた実感があるわけじゃないけれど、もう死んでもいいや、と思っていた気持ちが、彼の元に戻りたい、という想いに変わって行く。

改めてそんな目で室内を見ると……色々使えるものがありそう?

多分海賊船に襲われているのなら、扉の前に置かれている護衛は良くて二人程度だろう。

小さな窓しかない船室には、小さな灯り取りのランプがあって、それは机の上に置かれている。

机の上には海の女神の小さな飾りが置かれていた。手のひらに乗る程度の大きさの像は、そこそこの重みがあって、首と頭の辺りは丸みがあって持ちやすそうで、台座は四角に角が尖っている。

「うん、これいいかも」

私はランプの下部分を外して油を机の上に撒く。それからランプの火を倒して、机の上に火を点けた。

バッと一気に炎が広がり、室内が明るくなる。
私は小さく唇を歪めてそれを確認すると、火から少し離れて、扉近くの床に座り込む。

スカートの中に女神像を隠し、しゃがみこむと足を伸ばしてソファーより重たくなさそうな小さなテーブルを蹴飛ばして大きな音を立てる。

「きゃああああああ。助けて!」
大きな声を上げると、咄嗟に確認するように護衛達が扉を開ける。

「うわ、机が燃えている!」
「アリッサ姫、大丈夫ですか」
予想通り、護衛は二人。

一人は部屋の奥の火を消すのに意識を奪われている。

もう一人が床にへたり込んでいるように見える私のところにやってきて、しゃがみこんで声を掛けた。

こちらを覗き込み、手を差し伸べてくれた護衛を、逆に思いっきり引っ張り込み、体勢を崩したところに、持っていた女神像で彼の頭に殴打した。

「ごめんなさいっ」
謝るけど、逃げるためには仕方ない。男が崩れ落ちた瞬間に起ち上がり、無意識で女神像を持ったまま、ダッシュで扉から飛び出した。

「うっわぁ……」

先ほどは足の速そうな船が体当たりしているだけだったけれど、気づけばその船の姿は消していた。

代りに今は周りにキサリエルの船の進路を断つかのように、マリー・エルドリアの旗を掲げたいくつもの船が寄せられている。

しかもどんどん橋ゲタを掛けられて、次から次へとこの船に戦いの装備を整えた男たちが乗り込んでくる。

私は咄嗟に辺りを見渡すと、先陣を切って乗り込んでいたのだろう、セシリオとテオドアの姿が、船首近くの方にいるのに気づき、咄嗟にそちらに向かって走り出す。

瞬間、離れた場所からセシリオに向かって矢を打とうとしている男が目に飛び込んできた。

「セシリオ、避けて!」
叫びながら、私は弓を引く男をめがけて、女神像を投げつけた。

ゴン、鈍い音がして、男の肩のあたりに女神像がぶつかった。咄嗟に走り寄って女神像を拾う。

私の攻撃のおかげで、弓の軌道はずれて、ぴょんと間抜けに明後日の方向に飛んで行った。その瞬間、セシリオの声よりずっと近くで聞きたくない声が聞こえる。

「アリッサ、何をしているの!」
この期に及んで、未だに私の意思を自由にできると思って疑わない声。

「お姉さま……どうなっているのですか?」
私は彼女の方へふらふらと近づいていく。

向こうからはセシリオの制止する声が聞こえるが、それは無視した。

姉を頼るような私の動きに、彼女はほっとした顔をして、私に向かって手を伸ばした。

向こうでセシリオがこちらに向かおうとしているけれど、姉の護衛達がその道を防いでいる。

咄嗟にこちらに視線を向けた姉の護衛もいたけれど、姉は手を振り心配ないと合図を送ると、私に手を伸ばす。

「アリッサ、大丈夫? けがはしていない?」

ちらりと一瞬セシリオの方に視線を向けた後、私のすぐそばまで歩み寄ってくる。その足取りは思いがけない強襲に動揺しているのか、ふわふわとしていて頼りない。

「お姉さまっ」
私は姉の手を取り、自分の方に引き寄せて、無事を確認するようにその顔を見つめる。

いつも私を好き勝手に利用してきた瞳が、頼りなさげにこちらを見つめている。

私は女神像をぎゅっと握りしめていた指先から力を抜き、もう一方の手を彼女に向けて伸ばした。

「お姉さまが御無事で本当によかった……ですわっ!」
そう言いながら、思いっきりその頬にグーパンチを叩きつける。

まったく予想してなかったのだろう、姉が笑顔を浮かべた中途半端な表情のまま甲板に倒れ込んでいく。それが間抜けで思わず笑い声が漏れた。

「バッカじゃない、自分が殺そうとした相手が自分の事、心配するわけないじゃない。あー、スッキリした」

それだけ言うと、私は振り返ることなく、甲板の上に倒れている彼女の横をすり抜けてセシリオの方に向かう。

呆気に取られている彼の周りで、テオドアをはじめとした有能な護衛達が周りにいた姉の護衛の残党を行動不能に追い込んでいく。

次から次へと縛られて、船首ちかくの甲板に並べられていく。

途中ですれ違うのは、両手を上げて、緩く拘束されているクラウディオ神官だ。一応、一般の船員や護衛達ほどは手荒く扱われてはいないらしい。

まあ、一応、アルドラド神国の偉い神官らしいし? 次期宗主のセファーロ様の身内らしいし。

彼は私の方を見て、小さく肩を竦める。

「海の女神像で人を殴るのは、いくら何でも不遜が過ぎると思います。思いとどまれてよかったです。アリッサ姫」

って姉のことを像で殴らなかったこと、フォローしてもらったけど、もう既に船室で護衛と、弓の人にも投げつけちゃった後なんだけどね。

「……後で女神に謝罪して、お清めしてお返しします」
それだけ言うと、此方を見つめ、眩しそうな表情を浮かべる彼の横を通り過ぎる。

そのクラウディオの向こうで、鋭い視線を感じる。姉は……なんとか起き上がったらしい。まあ、私に叩かれた以外は無傷だ。意外と頑丈なんだよね、あの人。

此方に向けた視線に私は正面から睨み返す。もう貴女の自由になんてならない。もう貴女なんて一つも怖くない。

そう決意を新たに私は彼女に向かって勝気な笑みを返す。

だって。私が無茶をしても、こうやって迎えに来てくれる人がいるから……。

「アリッサ! このお転婆姫がっ」
次の瞬間、セシリオの声が聞こえて、私は彼の元に駆けだす。手を取られた次の瞬間、抱き上げられて、くるくるとその場で彼は回転する。それから私の体をそっと下ろして、ぎゅっと抱きしめた。

「その元気さなら、解毒剤は処方されたんだな。もう大丈夫か?」
心配そうに目元を撫でるその指に、覗き込むその瞳に、私は心から安堵の笑みが浮かぶ。

「はい、セシリオは、約束通り私を迎えに来てくれたんですね」
私の言葉を塞ぐように、私の存在を確認するために、彼は性急に口付けを求めた。

触れた唇が温かくて、私はやっと彼の元に帰ってきたんだなと堪らないほどの幸福感を感じた。時間にしては、そんな長い時間離れてはいなかったんだけど、一度は生きる事すら諦めかけたのだ。

すごく長い時間、彼と離れていたような感じがした。

また会えてうれしい。

触れる手が温かくて、気持ちが温かくなる。思わず自然と笑みが零れた。

「セシリオ、ありがとう! 迎えに来てくれて……本当に嬉しい」

思わず私が彼のうなじに手を伸ばしぎゅっと縋りつくと、彼は太陽みたいな金色の瞳を細めて笑う。

「当然だろう? 大事な俺の妻だ。地上の果てでも迎えに行く。……いや、最初から俺を置いていくな。どこに行くのも付き合ってやるから」

そういうと、私をきつく抱きしめて、無事でよかった、と耳元で幸せそうに囁いた。


***


その後、船は姉とクラウディオを乗せたまま、キサリエルの港を目指した。

部屋でこっそり聞いた話では、叔父は先にキサリエルの港に向かい、国王に、マリー・エルドリア国家代表(ってつまりはセシリオ)からの緊急の知らせを持って行っているという話だった。

そして、こっそりと教えてくれたけれど、やっぱり最初に姉の船に体当たりしたのは、海賊船らしい。

マリー・エルドリア内のとある島を中心に活動しているらしいのだけれど、それを見逃す代わりに、彼らの力が必要な時には力を貸す、という緩い同盟関係を築いているということだ。

そして、私たちはキサリエルの港で、国王と面会をし、玉璽を返却する代わりに、マリー・エルドリアの代表であるセシリオと私の婚約に関する許可を得た。

姉に対する処遇は国王に任せ、またアルドラドへの対応も、面倒なことは全部、国王に任せてマリー・エルドリアに戻ることにする。

「あの……これで問題は解決、したのかしら」
私は船室の部屋から出て、デッキに出ると、手すりにもたれかかり海を見つめた。

キサリエルから出港して一晩が経っている。
私が後宮の牢獄から逃げ出して、セシリオに再開したのは、ほんの一週間ほど前の事なのに、気づいたら当然のようにこうして隣にいるのだ。

あんな風にマリアンヌを追い詰めた私なのに、こんな風に穏やかに時を過ごしていて許されるのだろうか、とふと思う。

マリアンヌは……今は穏やかに暮らしているのだろうか。未だに彼女との記憶はあいまいで、自分の中で色々なものがすんなりと解きそびれたパズルみたいにところどころ穴あき状態だ。

それでも彼と過ごした一週間ほどで、簡単に振りほどけないようなしがらみが、表向きは解決したのか、不思議に思える。

「まあ、お前の行動力には、毎回頭が痛くなるが……今回に関しては、玉璽を持って出てきたことと、うちの領海内で上手くアルドラドの船から逃げられたことが幸運に結びついたな」

セシリオは、海風に様々な色の紐を絡めた黒髪をサラリと掻き上げる。瞳を細めて水平線の先を見つめた。

こうやって海を見つめる姿は、まるで乙女ゲームのラストシーンみたいで、私はふと、アルフリードとマリアンヌのラストシーンを思い出していた。

あのゲームと、今のこの状況はどういう風に繋がっているんだろう。幸せなはずなのに、それが酷く気になっていて落ち着くことができない。

「なんだか納得できてなさそうだな。今回の件は、お前の姉が二度目の契約をアルドラドと結び直して、なおかつ契約の完了を、アルドラド国内にお前を引き渡した時、と定めてくれたおかげで、一回目の契約に関しては解除された状態になってたんだ」

私の表情を、今回の件が納得できてないと思ったのだろう。色々と説明をしてくれるのに曖昧に頷く。

「で、二回目の契約が完了しない状態で、俺との間に婚約が成立すれば、完了不能な案件になるからな。違約金が発生したとしても、こちら側が訴えられることはない」

とりあえず理解出来る限りでは、アルドラドとの契約は解除されて、玉璽を持ち出した件は、姉が盗み出したものを、私が取り戻して国王に返した、という形に表向きにはなるのだと言う。

叔父は私が玉璽を取り戻す手助けをしたということで、こちらもおとがめはないらしい。

「叔父様にも、セシリオにも迷惑を掛けずに、アルドラドに行かなくて済んだのだったらよかったです……」

それが一番の望みだったはず。自由になれてスッキリできるはずだったのに……。

「……なんだか難しい顔をしているな」
手すりに寄りかかり、振り向いて私を見つめると、彼はくすりと笑う。そっと手を伸ばしてきて、私の頬を指先でなぞる。

ちょっと反発したいのに、その指先が心地いいから瞳を細める。

「風が……気持ちいいですね」
「ああ、厄介事を片付けた後だから余計な」
ふわりと風に靡く金色の髪を、彼がそっととらえて指先で絡める。その毛先にキスを落とす。

甘い視線に胸はドキンと跳ね上がる。

「マリー島に帰ったら、結婚式の準備をしても構わないか?」

そう尋ねてくる彼の顔を見て、私はどうしようか答えに迷う。


眩しそうに見つめる瞳に、心が浮き立つような気持ちがする。もしかしたら、やっぱり彼が好きなのかもしれない。

だけど……。

でも、きっと私は。

「まだハッピーエンドには早いと思うんです」
そう彼に告げた瞬間、目の前にいきなり画面が浮かんだ。

「…………へ?」

そこに出てきたのは、散々遊んだアノゲームの、選択画面。


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→go to endding

or

 go to true endding

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どういうこと?

そう思いながら、私は震える手で、選択肢を選ぶ。


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 go to endding

or

→go to true endding

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そしてエンターキーを押した。

しおり