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最後の願い

 時は流れ、あっという間に卒業の時を迎える。
 現世では前世とは違い、王国騎士団に採用された者は少ない。みんな揃って騎士団に入隊した前世とは違い、今日が終われば別れの時が来るのだ。だからこうして、ノアに恋の悩みを聞いてもらえる事も少なくなるのだろう。そう思うとちょっと寂しい。
「いいじゃん、ライアンも騎士団に入隊するんだから、いつでも会えるだろ。そこで勝手に愛でも何でも育んでろよ」
「で、でもライアンって私の事、戦友としか見てないんだもん。そりゃ優しくしてくれるし、よく笑い掛けてくれるけど……でもそれって、ライアンが私と一緒に騎士になりたいからしてくれているだけでしょ? ねぇノア、私達これ以上の関係になれるかなあ?」
「はい、ウザいー」
「な、何よ、それ! 最後なんだからちゃんと相談に乗ってよ!」
「そうだね。明日からアーニャの惚気話が聞けなくなるのは、ちょっとだけ寂しいかな」
 あははは、と苦笑を浮かべてから。ノアはアーニャを見つめ直す。ライアンに関わっていたら、アーニャはきっと幸せになれない。一年生の頃はそう思っていたのに。それなのにいつからだろうか。ライアンに任せれば今度こそアーニャは幸せになれる。そう思うようになったのは。
「今度こそってのが、意味分かんないだけどね」
「何の事?」
「いーや、こっちの話。でも、そんなに悩む必要はないと思うよ。カップルで騎士団入隊決めるとか、マジでガチじゃんってみんな言ってるし、一緒に入隊するルーカスだって、「バカップルと一緒の入隊とか気が重い」って泣いてたし。本当にそうなるのも時間の問題なんじゃないの?」
「や、やだ、ノア、バカップルだなんて! まだそんなんじゃないわよ!」
(はいはい、『まだ』ね……)
 照れ臭そうに頬を染めるアーニャに、ノアは溜め息を吐く。何だかんだ言って、そうなる気満々じゃないか。
「アーニャ」
 ふと、彼女を呼ぶ声が聞こえる。
 顔を上げれば、そこにいたのはライアン。機嫌でも悪いのだろうか。その眉間には僅かに皺が寄せられていた。
「ノアと一緒にいたのか?」
「うん。卒業したらしばらく会えなくなるし。寂しいからちょっとお話していた」
「寂しい、だと……?」
 ピクリと、ライアンの眉が不機嫌に動く。
 それにいち早く反応したのは、アーニャではなくてノアであった。
「ああもう! オレは何もしてねぇよ! まったく、揃いも揃って面倒臭いヤツらだな!」
「何よそれ?」
「何だと?」
 不機嫌そうに眉を顰める二人に、盛大な溜め息を吐いてから。ノアはアーニャの肩をポンと叩いた。
「じゃあな、アーニャ、また卒業式で。今度はオレより長生きしろよー」
 一言だけそう言い残すと、ノアは面倒事に巻き込まれる前に、さっさとその場から立ち去って行った。
「アーニャ」
 立ち去るノアを見送ってから。ライアンがもう一度アーニャの名を呼ぶ。
 それに「何?」と聞き返せば、ライアンは不機嫌そうに口を開いた。
「いくら幼馴染でも、ノアは男だろ? それなのにスキンシップが過剰なんじゃないのか?」
「スキンシップ?」
 どの辺が?
「それに、オレ達は春から王国騎士団に入隊する。おそらくやる事は山積みだ。それ故、寂しがっている暇も、故郷に帰っている暇もないくらいに忙しくなるハズだ。覚悟しておいた方がいい」
「え? あー、うん、そうだね……?」
 何の忠告だろう? そのくらい分かっているつもりだ。
「ああ、でもそっか。騎士団に入隊したら、久しぶりにトーマス先輩に会えるんだった。ふふっ、楽しみだなあ」
「お前、わざと言っているのか?」
「え? 何が?」
 何で増々不機嫌になっているんだろう。ちょっと意味が分からない。
「とにかく、私達も行こうか。はあ、学年首席がやる卒業生代表のスピーチ、緊張するなあ」
「お前でも緊張する事があるのか?」
「何よそれ、あるに決まっているじゃない、失礼ねっ」
 不思議そうに首を傾げるライアンに、アーニャは不貞腐れたように頬を膨らませる。そんな彼女の反応に、ライアンは小さく微笑んだ。
「大丈夫だ、数分で終わる。みんなと一緒に見守っていてやるから頑張れ」
「……ねえ、ライアン」
「何だ?」
 ポツリと、アーニャは彼の名を呼ぶ。
 そうしてから、彼女は少しだけ恥ずかしそうに、その用件を告げた。
「頑張るから、ちょっとだけ勇気を貰えないかな?」
「?」
「その……少しだけ、ハグしてもらえませんか?」
『あ、あのね、ライアン。一生のお願いがあるんだけど……』
『一度でいいからハグして下さい!』
 最期にそう望んでくれた前世の彼女と、目の前にいる現世の彼女の姿が重なる。
 そんな彼女に両手を広げると、彼はニッコリと微笑んだ。
「いくらでもどうぞ」
 そう頷いた瞬間、彼女が勢いよく胸に飛び込んで来る。
 そんな彼女をしっかりと抱き止めると、彼は彼女の背中に腕を回し、しっかりとその体を抱き締めた。
(大切にするよ。前世の分も、全部)
 壊れぬように気を付けながら、それでも強く抱き締めて。
 彼らの唇が重なるのは、もう少しだけ未来のお話。

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