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作戦3・手作り弁当を貶しましょう

昼休み。約束通り少し大きめの弁当を抱えてライアンの席へとやって来たリアは、その机の上に弁当を置いた。
 可愛らしいウサギ柄の包みを解けば、中から出て来たのは黒い重箱。どうやら張り切って作ってくれたようだ。
「すごいな」
「うん、ライアンに食べてもらいたくって、早く起きて作ったの。お口に合うといいんだけど……」
 少しだけ不安そうにしながら、リアは重箱の蓋をそっと取る。
 そしてその中を見て……ライアンは固まった。
「……」
 まず目に飛び込んで来たのは、何かのキャラクターだろうおにぎり。丸めたご飯の上に海苔で顔を作られているのだが、正直歪すぎて何のキャラクターだか分からない。その隣にあるのは……丸い豆腐だろうか? その豆腐の上にハムでこれまた顔が作られているのだが……これは、猫だろうか?
「こ、個性的だな」
「あ、あの、その……味は美味しいと思う、から……」
「あ、ああ……いただきます」
 気まずそうに苦笑を浮かべるリアにそう告げてから、ライアンは何のキャラクターだか分からないおにぎりを手に取る。その際、ボロリと顔の半分が欠けたが、ライアンは気にせずそれを口に含んだ。
「……」
 不味くはない。不味くはないのだが……正直コンビニのおにぎりの方が美味しい。
「……うまいよ」
「本当? よかった……」
 しかし、それがライアンの気遣いの言葉であるのが分かったのだろう。シンと、その場に気まずい空気が流れた。
「あら、随分と汚らしいお弁当ね」
「!」
 と、そこに第三者の声が響き渡る。
 顔を上げれば、そこにいたのはアーニャ。クスクスと笑う彼女は、リアの手作り弁当をバカにしたように見下ろしている。リアには悪いが、正直助かったと思ったのは、このまま誰にも言わずに墓場まで持って行こうと思う。
「よくそんな小汚い弁当、人様の前に出せるモノね。何? その動物は?」
「こ、これは……犬だよ」
「犬? どこに耳が付いてんのよ? あんまりにも頭がのっぺりしているから、アザラシかと思ったわ」
「ア、アザラシッ? ひ、酷い! 一生懸命作ったのに……っ!」
「酷い? そんなクソ不味そうな料理を無理矢理食べさせる方が、よっぽど酷いと思うけど」
「アーニャ」
 確かにアーニャの言う通り、リアが作って来た弁当はお世辞にも美味いとは言えないモノだ。けれどもこれは、リアが自分のために一生懸命作って来てくれた弁当なのだ。いくら何でもその言い方はないだろう。
「リアが一生懸命に作ってくれたモノだ。そんな事、言うもんじゃない」
「ふうん……じゃあ、それ、美味しかった?」
「え?」
「おにぎり、食べたんでしょう? 美味しかった?」
「……。美味しかった」
「何よ! やっぱり不味いんじゃない!」
「ち、違う! 不味くはない! ただコンビニの方が……いや、何でもない」
 危なかった。もう少しでコンビニの方が美味いって言うところだった。
「歪な上に不味いんじゃ、もう救いようがないわね。大人しくコンビニ弁当買って来て、自分が作ったって言い張った方が良かったんじゃない?」
「ぐすっ、酷いよ、何もそこまで言わなくったって……っ」
 フンっと嘲るように鼻を鳴らしたアーニャに、遂にリアの瞳からポロポロと涙が零れる。
 何て事を言うのだろう。人が一生懸命に作ったモノを平気で侮辱するなんて。いくら何でもこれは酷過ぎる。これじゃあ性悪女と言われても、何も文句は言えないじゃないか。
「アーニャ、謝れ」
 さすがにそれを見兼ねたライアンが、ゆっくりと立ち上がってから非難の目をアーニャへと向ける。
 しかしそれでもアーニャは怯む事なく、負けじと冷たい目をライアンへと向けた。
「何よ、本当の事言って何が悪いのよ?」
「例え本当の事でも、言って良い事と悪い事がある。確かに出来は悪いかもしれない。でもこれはリアが一生懸命に作ったモノだ。その思いが込められているモノを、何も知らないお前が否定する事は許されない。言われた方の気持ちも、少しは考えてみるんだな」
「ふうん、じゃあ何? 一生懸命にやれば、何でも高評価してもらえるわけ? それってちょっと考えが甘いんじゃない? どんなに一生懸命頑張ったところで、結果が付いて来なければそれに意味はないわ。この弁当だって同じよ。どんなに一生懸命作ったとしても、相手に喜んでもらえなければゴミと一緒よ」
「っ、アー……」
「アーニャ!」
 他人が一生懸命作ったモノを平気でバカにするアーニャに、前世のような怒りを久しぶりに覚える。
 しかしそんなライアンより早く、その一部始終を見ていたノアが勢いよく立ち上がった。
「アーニャ、お前いい加減に……」
「おい、アーニャ!」
 しかし珍しく怒りの表情を浮かべたノアが何かを言うより早く、今度は突然やって来たルーカスが、これまたプリプリと怒りながら教室に乗り込んで来た。
「お前な! いつまで待たせるつもりだよ! 今日はトーマス先輩の祝賀会するから、昼休みに部室に集合だって言ったじゃねぇか!」
「そ、それは知っているけど……でも剣術の試合の後に言ったじゃない、ちょっと遅れるから先に始めててって!」
「優しいトーマス先輩が、お前が来るまで待っていようって言って聞かねぇんだよ! ふざけんな! 腹減って死にそうだわ!」
 この状況が見えているのかいないのか。ルーカスは一方的にアーニャを怒鳴り付けると、彼女の腕を力強く掴んだ。
「ほら行くぞ! みんな待って……」
 みんな待ってる。
 しかしそう言い終える前に、ルーカスの目にリアの手作り弁当が飛び込んで来る。
 そしてそれをジッと見つめると、ルーカスはあからさまに表情を歪めた。
「うわ、クソ不味そうな弁当だな。いくら腹減ってても、これは食わねぇわ。何これ? ライアンが作ったの?」
「……リアだ」
「え……」
 シンと、辺りが静まり返る。
 さすがのルーカスとて悪いと思ったのだろう。彼は引き攣った笑みをリアへと向けた。
「え、ええっと、その……こ、個性的な弁当デスネ。これ、アザラシですか?」
「犬だ」
「芸術的な犬ですね……。ナマ言って、本当にすみませんでしたッ!」
 アーニャの腕を離し、リアに向かって勢いよく土下座をする。
 しかしその直後にハッと顔を上げると、ルーカスは思い出したようにしてその視線をアーニャへと向けた。
「そういえばアーニャ、お前弁当は? 要らないって言ってんのに、トーマス先輩のお祝いしたいから一生懸命作って来るって、そう言ってたじゃねぇか」
「あ、ああ、あれね……。その、ちょっと寝坊しちゃったから作って来られなかったんだ」
「マジで! やった! お前、料理下手くそだもんな! お前の弁当がないなんて、みんなきっと喜ぶぞ!」
「何だと!」
「それよりも、料理上手なヘレンが超美味そうなお祝い弁当作って来てくれたんだよ! 早く行こうぜ!」
「ちょっ、痛い! 痛いよ、ルーカス! 引っ張らないでッ!」
 お昼、お昼―、と鼻歌を歌いながら。ルーカスは再びアーニャの腕を掴み、そのまま彼女を連れて走り去ってしまった。
「……」
 シンと、嵐が過ぎ去った後のように教室が静まり返る。
 程なくして、クスクスと笑う声が聞こえて来た。
「本当、下手くそな犬ね」
「いや、個性的でいいんじゃないか?」
「リアが料理下手なんて意外だわ」
「いやいや、料理下手はステータスですよ」
 さっきまでのピリピリとした雰囲気はどこへやら。様子を見ていたクラスメイト達は笑いながらそう口にすると、それぞれが思い思いの昼休みへと戻って行った。
「ノア、早くこっち来いよ。オレ達も昼ご飯にしようぜー」
「あ、ああ……」
「何? アーニャって料理下手くそだったの? じゃあ、今のは同族嫌悪ってヤツだったんじゃね?」
「お前も幼馴染だから、食わせられたりすんのか? 幼馴染って大変だなー」
 そんな話をしながら、ノアもまた友人達の輪の中へと戻って行く。
 そしてそれを見届けたライアンもまた、欠けたおにぎりへと手を伸ばした。
「確かに見た目は良くないかもしれないが……でも、オレのために作ってくれたのは嬉しいよ。ありがとう、リア」
「う、ううん、私こそ、こんな下手くそなお弁当食べさせちゃってごめんなさい。次はちゃんと上手に作って来るね」
「ああ、楽しみにしている」
 涙を拭い、ニコリと微笑むリアにライアンもまた優しい笑みを向ける。
 それにしても、現世のリアがこんなに料理が下手だったなんて驚きだ。前世ではもっと上手だったハズなのに。やっぱり前世と現世では、全てが同じというわけではないようだ。
(アーニャがオレに向ける感情や、ノアとの仲も前世とは違うんだし。リアの料理が下手でも何もおかしい事ではないか)
 そう納得して、ライアンはリアの手作り弁当に舌鼓を打つ。
 だから気付けなかったのだ。思い通りに事が運ばない苛立ちに、リアがその瞳を怒りに震わせていた事に。
(あの女、よくもこんな汚い弁当掴ませやがって! 許さない、どんな手を使っても絶対に陥れてやる!)
 リアの料理の腕がこんなに悪いわけがない、いや、それよりもアーニャが何の意味もなく、あんなに酷い事など言うわけがない。そう気付ければ良かったのに。
 納得してしまったライアンには、リアがアーニャに怒りの矛先を向けようとしている事になど、気付けるわけがなかったのである。

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