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考察

前世でどれほど後悔したのかは分からない。謝ろうにも、償おうにも、彼女はもうこの世にはいなかったのだから。だから現世で生を受けた時、自分は歓喜した。だって時代は違えども、自分は前世の記憶を持っていて、前世と似たような世界に生まれたのだから。前世よりも平和で、前世と同じ顔触れが集うこの世界。これならきっと彼女にも会える、前世の過ちを償う事も出来ると、喜ばないわけがない。
 そして王国騎士団を目指すべく、入学した傭兵育成専門学校に彼女はいた。嬉しかった。だから今度は間違えないようにしようと彼女に近付いた。
 だけど……。
『止めて! 私、あなたなんかと話したくない!』
 今度は仲良くしたい、そう願って近付こうとする自分を、彼女は拒んだ。驚いたし悲しかった。前世ではあんなに好意を向けてくれていたのに、現世では違うのかと。
でも、それと同時にそれは当然の報いだとも思った。だって前世の自分は、そうやって彼女を拒んで来たのだから。好きだ、仲良くしたいと近付いてきた彼女に冷酷な目と非情な言葉を浴びせ、遂にはお前なんかいなければ良かったと傷付けて、彼女を帰る事の出来ない戦場へと送り出してしまったのだから。知らなかったとはいえ、これから死に行く彼女に何て事を言ってしまったのだろうか。彼女の死が止められない事だったのならば、何故最期くらい笑って彼女の願いを叶えてやれなかったのだろうか。
(今度こそオレは、アーニャの事を大切にしてやりたい。例えそれを、彼女が拒んだとしてもだ)
 奇跡的にもう一度生を受け、彼女と再会する事が出来た。彼女が自分を嫌っているからといって、その奇跡を手放すのは嫌だ。今度こそ、彼女を守り、大切にしてやる。それが前世と現世の自分に立てた、彼の誓いであった。
「ルーカス、聞きたい事があるんだが」
「何だ?」
「もうすぐ提出締め切りの、進路希望調査書があるだろ? それにアーニャが何て書いたか知らないか?」
「さあ、それは知らねぇけど……。でも何でそんな事知りたいんだよ?」
「アーニャと同じところに行きたいんだ」
 その日の放課後、ライアンは隣の教室にいたルーカスと話をしていた。ルーカスに、アーニャの進路希望先を聞こうと思ったライアンは、部活に行こうとしていたルーカスを引き止め、それを聞いていたのだ。ルーカスも、ちょっとくらいなら部活に遅れてもいいと言って、ライアンの話に付き合ってくれていたのだが……そうか、ルーカスもアーニャの進路希望先は知らないのか。
「やっぱ王国騎士団じゃねぇの? 夏休み前はそう言っていたぞ」
「そうかもしれないが……でも確信がない限り、そうは書きたくない」
「別に違ってても良くないか? 書いた希望先に、絶対に行かなきゃいけないわけじゃないんだからさ」
「いや、卒業後もお前とともにいたい事アピールがしたい」
「そうか……」
 真剣にそう口にするライアンに、ルーカスはうーんと考え込む。
 ルーカスは前世でも現世でも、アーニャや自分と仲が良く、「絶対に喋るな」と言わなければ何でもペラペラと話してくれる、お喋りな友人だ。だからルーカスに聞けば、アーニャの事はほとんど何でも知る事が出来た。アーニャに嫌われている自分からしてみれば、大変ありがたい存在である。
「あ、じゃあ、『アーニャと同じところ』って書けばいいんじゃねぇか? 先生も漠然とした内容でいいって言っていたしさ。そんな感じでいいんじゃね?」
「なるほど。分かった、そうする。ありがとう」
これは名案だ、と笑いながらアドバイスしてくれるルーカスに、ライアンは早速そう書き込む。第一希望、アーニャと同じところ、第二希望、アーニャと同じところ、第三希望、アーニャと同じところ……、よし、完璧だ。
「つーかさ、それくらい本人に聞けばいいんじゃねぇか?」
「本人に聞いても教えてくれないだろうから、こうしてお前に聞いているんじゃないか」
「ああ、そっか。お前、アーニャに嫌われているもんな」
「はっきり言うな」
 傷付くじゃないか。
「それにしても、何でアーニャはそんなにお前の事を嫌っているんだろうな? こんなにいいヤツなのに……。あ、もしかしてお前、アーニャに対して優しすぎるんじゃねぇの? 優しすぎる男もつまんないって、ヘレンが言っていたぜ。だから今度、アイツの事押し倒して襲ってみればいいんじゃねぇか?」
「アホか。そんな事をしたら尚更嫌われるわ」
「ははは、それもそうか。それに、アーニャよりもノアの方がブチギレそうだよなあ」
(ノア、か……)
 ケラケラと笑うルーカスを眺めながら、ライアンはアーニャと仲の良い幼馴染の少年を思い浮かべる。
 前世でも現世でも、アーニャの幼馴染として生を受けたノア。前世ではライアンとも仲が良かった彼は、アーニャからライアンの恋の相談を受けたり、ライアンからアーニャが目障りだとの愚痴を聞かされたりと、アーニャとライアンに板挟みにされ、それなりに大変な思いをしていたようだ。
 しかし現世では、ライアンとノアの仲はそれほど良くはない。アーニャとの事を応援してくれるルーカスや、恋仲だ何だと囃し立てるクラスメイト達とは違い、ノアはライアンがアーニャに近付く事を好ましく思っていないのだ。おそらくライアン自身が嫌われているわけではなくて、ライアンがアーニャに向ける好意の事を快く思っていないのだろう。はっきりとアーニャに近付くなとは言わないが、アーニャに近付こうとする自分に向けるノアの冷たい眼差しが、はっきりとその本心を物語っていた。
「アーニャに対して過保護すぎるんだよな、ノアは。この前なんか、ライアンとアーニャってお似合いだよなって言っただけで、突然胸倉を掴まれたんだ。ノアの無言の眼差し、めっちゃ怖かったぞ」
「……」
「お前、アーニャと付き合いたいんなら、アーニャより先にノアの許可取った方がいいかもしんねぇな」
「考えておく」
 先程までのお気楽な笑顔はどこへやら。真剣な眼差しでそう忠告して来るルーカスに、ライアンもまた真剣な表情で首を縦に振った。
(もしかして前世でアーニャに取っていた態度が影響して、ノアはオレがアーニャに抱く感情を快く思わないのかもしれない。前世のようにノアとも仲良くなりたかったんだけど……残念だな)
 仲の良かった前世が懐かしいな、とライアンは小さな溜め息を吐く。
 そんな時だった。ルーカスが「あ、そうだ」と思い出したように声を上げたのは。
「そういえばアーニャのヤツ、インフェルノが気になっていたみたいだぜ」
「は? インフェルノ?」
「そうそう、トーマス先輩にインフェルノの事聞いていたんだ。駅前に出来た新しいラーメン屋。アーニャのヤツ、意外と辛いのが好きだもんな」
「???」
 ニコニコと笑いながら教えてくれるルーカスの話に、ライアンは首を傾げる。トーマス先輩に新しいラーメン屋の話を聞いていた? 本当に?
「でも先輩、そこ知らなかったみたいでさ。だからオレが教えてやろうとしたのに、アイツオレの話を「もういい」とか言って遮ったんだぜ。酷くね?」
「トーマス先輩に……?」
「だからさライアン、インフェルノにアーニャを誘ってみたらいいんじゃねぇか? もしかしたら食べ物に釣られて来るかもしんねぇぞー」
 名案だろ、と笑うルーカスには悪いが、ライアンはルーカスの話をどこか遠くで聞きながら、一人考えていた。
 トーマスといえば、アーニャともルーカスとも親しい先輩で、世界史を専攻している優秀な三年生だ。ルーカスの話では先日、王国騎士団に内定を決めたらしい。そんな先輩にアーニャがインフェルノの事を聞いた? それってまさかラーメン屋の事ではなくて、前世で彼女の命を奪った、あの兵器の事なのではないだろうか。
(アーニャは、シュラリア国が滅亡した原因を調べようとしていた。だからもしかして、その原因がインフェルノにある事を突き止めてしまったんだろうか。そしてその兵器が何なのかを、世界史に詳しい先輩に聞こうとしたのか……?)
 そう考えるのが自然じゃないかと思ったライアンだったが、それはないと、すぐに思い留まる。だってそうだろう? インフェルノは後世には伝わっていない最悪の兵器。その兵器はどの文献にも載っていないハズだし、知っている者だってこの現代には存在しない。そんな時代で、彼女がインフェルノという兵器に辿り着く事は不可能だ。
(じゃあ何故アーニャはその兵器の名を口にした? 兵器じゃなくて、本当にラーメン屋の話がしたかったのか? いや、それだったらトーマス先輩よりも、ルーカスの方が適任じゃないか?)
 そこまで考えてから。ライアンは再度その目をルーカスへと向け直した。
「ルーカス、アーニャはどういう話の流れで、インフェルノの名を出したんだ?」
「どうって……ああ、そうだ。アーニャのヤツ、シュラリア国が滅亡した原因を調べているらしくってさ、その原因を知らないかって、トーマス先輩に聞いていたんだ。それで今日の放課後、トーマス先輩とファルシー先生のところに話を聞きに行くって言っていて……。それで放課後の約束をトーマス先輩としてから、ラーメン屋の話をしていたぞ」
(シュラリア国の話からインフェルノの話をしていた? だったらやっぱりそのインフェルノとは、兵器の事なんじゃないのか?)
 シュラリア国とインフェルノ。どう考えてもそれはラーメン屋の話ではない。兵器の話だ。ではアーニャは、一体どうやってインフェルノという兵器が存在していた事に辿り着いたのだろうか。
(辿り着く事自体が不可能なんじゃないのか? オレだって前世の記憶がなければインフェルノなんて兵器、知っているわけが……)
 知っているわけがないのだから。
 しかし、心の中でそう言い切ろうとしたところで、ライアンはまさかと気が付く。アーニャが調べようとしているシュラリア国滅亡の原因。彼女がそれを調べ始めたのって、確か夏休みが明けてからではなかっただろうか。
「なあ、ルーカス。アーニャがシュラリア国について調べ始めたのって、いつからだったか分かるか? 入学当初はそんな事興味なかったよな?」
「それならたぶん新学期が始まってからだ。それから部活を休むようになったからな。ああ、そういえば新学期の朝、保健室でトーマス先輩に何かごちゃごちゃ聞いていたぞ。花火が爆発した衝撃で、変なスイッチが入っちまったんじゃねぇの?」
「……」
 ルーカスの話を聞いて、ライアンはもう一度考える。
 仮の話ではあるが、もしも花火が爆発したショックで気を失い、その時に前世の記憶が戻っていたのだとしたらどうだろう。目を覚ました彼女は、ここがあの時から五百年後の世界であると気が付いたハズだ。
 そして彼女はその後、自分達が命と引き換えに守った国が、たった十年で滅んでしまった事を知った。おそらく前世の彼女は、他の仲間達が国を守り、そして繁栄させてくれると信じて死んだのだろう。しかしそんな彼女の思いとは裏腹に、国はたった十年で滅んでしまった。彼女としては、何故そんな事になったのかが気になったに違いない。そしてその原因を突き止めようと思ったのだ。そしてそれを調べた結果、彼女はその原因がインフェルノにあるところまで突き止めたのではないだろうか。
(アイツに前世の記憶が戻ったのなら、彼女が突然シュラリア国について調べ始めたのも、彼女の口からインフェルノという単語が出る事にも納得がいく。だが……)
 そう結論付けて、ライアンは険しい表情を浮かべる。
 彼女に前世の記憶があるのなら、彼女がシュラリア国滅亡の原因を調べようとするのにも納得がいく。
しかしそんな彼女の好奇心は、ライアンにとっては非常に厄介なモノだった。
(知られるわけにはいかない。知ればきっと、アイツはオレを軽蔑する)
 もともと好かれているわけじゃない。けれども知られたくはない。知られれば彼女との溝はもっと深まる。それは嫌だ。彼女がその事実に辿り着くのを、何とか阻止する事は出来ないだろうか。
「ルーカス、アーニャは今日も部活を休むのか?」
「どうだろう? トーマス先輩も戻って来たし、用事が済んだら少しくらいなら顔を出すんじゃねぇか?」
「用事?」
「さっきも言っただろう? 放課後はトーマス先輩とファルシー先生のところに行くって。シュラリア国の事を聞きに行くんだってさ」
「そうか、どうもありがとう」
「ライアン?」
「歴史研究室に行って来る。オレも一緒に話を聞いて来る」
「え? あ、そうか?」
「色々教えてくれてありがとう。またよろしく頼む」
「おう、頑張れよー」
 そんなルーカスの応援を背に受けて。ライアンは歴史研究室へと向かった。

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