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第2話 脅迫せし者。

 ……という訳で貴方は死にました。

 まてまてまてまて、……という訳で、じゃないって。迫りくる山手線を真っ正面から見るという一生に一度あるかないかの体験をした俺は、今現在たぶん女の子の部屋にいる。

 女の子と言っても、彼女いない歴=年齢の俺に女の子の知り合いはかなり少ない。妹と(かあ)さんも入れないと限りなくゼロに近づいてしまう。そんな俺の数少ない、そして最も新しい女の子の知り合い………そう、先ほど襲ってきた幽霊女(レイス)だ。

 コイツを女の子に数えていいのかは別として、今いるこの部屋は紛れもない女の子の部屋だ。ふかふかのベッドにピンクのフリフリが付いたお布団。そこかしこに点在する、たぶん動物らしきぬいぐるみ。天板を引き出すと机にもなるタンスと小物や写真の入った小さめの本棚。その上に飾られたインテリア用のプチ観葉植物と、まるでどこかの雑誌から切り抜いてきたコーディネートのようだ。

 これで白いレースのカーテン越しに見える風景がブラックホールに吸い込まれんとする宇宙空間のようでなければ、少しは素直に喜べる状況なのかも知れない。

 俺はというと小さなちゃぶ台でレイスと差し向かいになっている。最初こそ混乱し慌てふためいた俺だったが、一生懸命俺を落ち着かせようとあたふたする幽霊女を見ていて、だいぶ落ち着きを取り戻していた。そして最初のくだりになる訳だ。

「で、なんで俺を襲って来たんだよ」

「襲ってない、襲ってないって。むしろ助けたんだって言ってるのに、何で信じてくれないかな。ここへ貴方の魂を連れて来なかったら、すっかりキレイに成仏しちゃうとこだったんですからね!」

 さも自分がいたおかげとしたり顔だが、そもそも彼女が俺を(おどろ)かす様な真似をしなければ俺がホームから転落するような事は無かった訳で、そこを突っ込むと吹けもしない口笛をスースー吹いて誤魔化そうとする。

「てめー確信犯だな、この化け物め!」

「化け物だなんて(むご)いです。私これでも女神なんですよ。本当に酷いです、酷過ぎます!」

 俺はこの時思った。どれだけ可愛い子ぶろうと幽霊の涙目は気色悪いだけだと。俺は近くにあった小さな手鏡に彼女を顔を映すとそれを手渡した。

「何これ、ひどーい。凄いやつれてる」

「やつれるとかそんなレベルじゃねぇだろ。どう見たって死霊って感じだ!」

「死霊だなんてひどーい! 向こうの世界に行くのに凄くエネルギーを消費するし、勇者さまの世界は信仰心が低すぎて実体を維持するのも3分が限界だったんですから」

「おまえはウルト○マンか!」

「ブゥー! もう、わかりました。仕方ない、ちょっと頂きますね」

 ちょっと膨れっ面になった彼女はそう言うと、スッと立ち上がり俺の隣にちょこんと正座した。俺の首を自分の方に向かせると、ほほをぎゅっと両手で押さえつけ無理矢理くちびるを重ねた。

 俺が28年間大切に守ってきたファーストキスは死霊に奪われてしまった。

 ん? ん? ん?………なんだ? 大切な物だけでなく、生きる上で大事な物までグイグイ吸われてる気がする。生命力が減少し意識が遠のいていく気が……。俺はそのまま意識を失った。




「………さま、勇者さま、大丈夫ですか? しっかりして下さい!」

「全然大丈夫じゃないって。頭がくらくらする。一体何しゃがった!」

「ごめんなさい。ちょっぴり生命エネルギーを頂いたのですが、もらい過ぎました。私ってばドジっ子!」

 ドジっ子アピールで済む話じゃねぇって。これマジやばかったんじゃね? 手も足もうっすら透けちまってるじゃねぇか!

 くそレイスに怨嗟の眼差しを向けようとしたが、視界がまだはっきりしない。ぼんやりと目に映っているのは、美しい黒髪がつややかな可愛らしい女性……のようだ。

あれ? 俺は彼女をどこかで見た事があるような………。

「まさか! ……女神エルムっ!!!」

「はい、エルムです! やっと名前で呼んでくれましたね、やれやれですぅ」

 どこかで見たはずだ。それは毎日やってたゲームのナビゲーションキャラ【女神エルム】にそっくりのコスプレさんだった。

「………のコスプレのひと?」

「コスプレじゃないです。これが本当のわたしです。勇者さまは先ほどから私への扱いが(むご)いです。」

 まわりを見渡すと間違いなく先ほどのレイスの部屋だ。ゲームのエルムはかなりのアニメ顔だが、リアルになるとこうなるのか。つややかな黒髪ロングの美少女だ。見た目は俺より少し年下っぽく見える。完璧過ぎない、ちょっと間が抜けた感じがする顔立ちは俺の好みにジャストフィットだ。

「だが、断る!」

「まだ、何も言ってませんよ!!」

「お前からはうちの上司と同じ、厄介事を押し付けようとしている匂い(・・)しかしないからだ。だいたいさっきから勇者、勇者って俺はそんな名前じゃない!」

 エルムは自分の服の匂いをクンクン嗅ぎ始めた。いやいや、なんとなく言いたい事はわかるが、そういう事じゃないんだってば。


「私が管理する世界【エルムガルド】は穏やかな人々が暮らす平和な世界でした」

 俺の話は無視してエルムは自分の事情を勝手に話し始めた。そうゆうとこが俺の上司とそっくりな訳で。ただ、一生懸命自分の事情を語ろうと必死な彼女を見ていると、面倒だと思う気持ちと共に、何故だか可愛く思ってしまう自分がいるのも確かだった。全く、まったくである。

 ああ、女性慣れしてない事がいつも厄介事を断れない理由のひとつになっているのは自分でもわかっている。だから、何か言われる前に断ろうと思っていたのだ。ネットゲームの世界ではもっと気楽に会話出来るのに……。全く自分のコミュニケーション能力の低さにはガッカリだ。良くこれで営業なんて勤まる物だといつも思う。

「……という訳でこの世界で魔族と戦える人間は極少数なのです。聞いてますか、勇者さま!」

「ああ、聞いてる聞いてる」

「はーっ、聞いてない時の返事ですね」


 ため息を吐きながらエルムは話しを続けた。伝説の勇者が魔王を倒してから、 国家間の争いも少なく危険な生物との戦いも少ないこの世界では、復活した魔王や異世界から現れた強力な魔物と戦える実力を持つ者が極端に少なかった。おかげであっと言う間に人間たちの領土は三分の二を奪われる結果となったのだ。

 そこで王家は教会を通じて女神エルムに助力を乞う祈りを何年も捧げ続けているのだ。

「祈りや信仰心、人間の生命力が私のエネルギー源ですからね、放って置くわけにはいきません。私はすぐさま戦えそうな方を異世界ネットで検索した訳です」

「自分が戦う訳じゃないんだ……」

 おまんまの食い上げだと力強く語った割にはエルムは他力本願だった。色々な世界で強いと評判の物や人材を見繕っては送り込んだ様だが、魔族の力は強く現状は悪くなる一方だったようだ。

「だから私、必死に強そうな人を多重世界ネットで探しました。ご飯もあんまり食べず、夜もちょっとしか寝ないで頑張りました。そしたらこれを見つけたんです」

 なんと言うか、必死に(・・・)とか言う割にふんわり感しか伝わってこない。彼女が指差すパソコンの画面をみると……。

【 #本物の勇者降臨、なう 】

「私は慌てて飛び出しました。貴方の世界のあなたの元へ!」

 ゲーム内の誰かが面白がってツイートしやがったに違いない。これをみてコイツは化粧もせず、寝不足、すっぴん………というか死霊の姿で飛び出して来たのか。

「お願いいたします勇者さま。私の世界を救って下さい」

「悪いなエルム。俺は勇者なんかじゃねぇ。あれはゲーム仲間が俺をちゃかして書き込んだ物だ。俺は冴えないただのサラリーマンで何の力もない。お前の世界を救う力なんてないんだよ」

 エルムは呆然として口をポカンと開けたまま固まっている。そして固まっていた彼女が重くなった口をしばらくして開いた。

「……ですよね。タダで頼み事なんて調子が良いよね。チャッカリし過ぎだよね」

「いやいや、そういう事じゃなくてね」

 こちらの言ってる事が伝わっていないかのように、エルムはマイペースに事を進め出した。見た目ノートパソコンのような物をこちらに向けると、ある新聞記事をこちらに見せた。

「この記事にもある通り、貴方は朝のラッシュ時に起こした事故で20万人もの足に影響を与えてしまいました。鉄道各社からあなたのご家族に一億五千万円の賠償請求が掛かっています。このままでは一家は離散、妹さんは娼館に売られてしまうかも知れません!」

「売られねぇよ! だいたいこの事故の原因作ったのお前じゃないか!!」

「原因など問題ではないのです。貴方のご家族に請求が掛かっている事が問題なのです。私なら何とか出来るかも知れません」

 この女神、話をすり替えて恩を売る気か?   とんでもないゲス女神だ。だが、コイツの言ってる事も一理ある。理由はどうあれ俺の家族に賠償請求が掛かっているって事だ。コイツの話しに乗るのは嫌だが、死後に家族に迷惑が掛かるのはもっと嫌だ。

「あなたが倒した敵や完了したクエストに対して報酬が支払われます。そのお金を私がパソコンからあなたのご家族の口座に振り込みます」

「お前、偉そうに言った割に、ただのネットバンキングかよ!」

「こちらの世界と貴方の世界では物価が違います。簡単なお使いクエストでも数十万、魔王討伐ともなれば百億近いお金となります。ただし、こちらの世界で使えばそこまでの価値はありません。あくまでもあなたの世界へ送金する事が出来ればのお話です。そしてそれが出来るのは私だけです」

『どうですか、勇者さま?』と尋ねるエルムの可愛い顔が、もう越後屋か悪代官にしか見えなくなって来た。コイツは本当に女神なのだろうか?

 だが、俺は既に死んでいる。ここへ連れて来られた時点でもう俺には選択肢など無かったのだろう。となればもう諦めてやるしかない訳だ。出来るかどうかじゃない、やるかやらないかだ!

「よし分かった。物凄く納得はいかないが引き受けよう!」

「ありがとうございます、勇者さま。これで契約成立ですね。良かった、本当に良かった。これで私もひと安心です」

 パソコンをカチャカチャ打ち始めたエルムに俺は尋ねてみた。俺は魔王に勝てるだろうか……と。

「どうですかね、結局は勇者さまのお力次第です。今まで送り込んだ勇者さま達もあまり役に立ってませんですし。でもたまには結果出してもらわないと、みんなの信仰心薄れちゃうんで応援はしてますね」

 か、軽い……俺はこの時点で漸く確信した。エルムはとても残念な女神で、たぶん俺にとっては悪魔なのではないかと。

 女神エルムはジト目でこちらを凝視している。まるでこちらの考えを見透かしているようだ。まるで神様みたい……てか女神様か。

「私の事、悪魔みたいって思ってるでしょ。まあ、ぶっちゃけ私も便宜上女神を名乗ってますけど、誰に信仰対象とされるかによって呼び名なんて変わってしまうからね。エルムガルドの為とはいえ、あなたに身勝手なお願いを強制している訳だし。創造神さまと違って中間管理職はツライわ」

「………」

「苦しんでるみんなを助けたいって気持ちも本当だし、貴方にも期待してる。私は弱い神さまだからね」

 うつむいて弱々しく(しゃべ)るエルムを見ていると俺は少しだけ胸が痛くなった。

 彼女は自分が弱い事を知っている。助けたい人々がいて、手を差し伸べたいとも思っている。でも自分が出来る事は他の世界に助力を求め、犠牲を強いる事だけ。たとえ相手を強迫してでも。

『たすけて、勇者さま……』

 彼女がどんな思いで、俺の目の前に飛んできたのか。もしコレが全てエルムの計算ずくだったとしても、俺の利害と一致している……それならそれでもういいじゃないか。どうせ俺には他に選択肢などありはしないのだ。

エルムはあれでも一応、女神さまなのだ。良いも悪いも受け取る側の感じ方次第なのだろう。仕方がない……俺はもうそんな気持ちになってきていた。

「さあ、準備ができました。今、御神託をメールしといたからどこかで召喚の儀式が行われます」

「うーん、全くありがたみの無い御神託だな。……で俺はどんな感じでスタートになるんだ。何か凄い恩恵やとんでもない魔法が使えるとか能力(スキル)があるのか?」

 エルムはきょとんとした顔をしてこちらをジッと見つめると急にケラケラと笑い出してこう言った。

「やだなー勇者さま、そんなの特にないですよ。勇者さまってゲームとかラノベの読み過ぎじゃないですか? そんな便利な事が出来るなら、他の世界から助けを呼ぶ意味なんて無いじゃないですか。私の思い通りに動いてくれる自分の世界の人間にとんでもない能力付与して、魔王だろうが魔神だろうがぶっ飛ばしてもらいますよ。あくまでも勇者さまのお力だけが頼りなんです。宜しくお願い致しますね。クスクス……」

 いやいや、『クスクス……』じゃねえよ。自分でいうのもなんだけど、冴えない三流サラリーマンの俺に、世界を侵略しようとする魔王を倒せだなんて無理ゲーにも程がある。

「勇者さまのいた世界のゲームに合わせて事象を脳内変換して認識できるようにしてあります。少しでもお役に立てば良いのですが」

「待て待て、どんどん話を進めるな! やるとは言ったが、何のアドバンテージも無しでとか、魔王倒すどころかいきなり詰んじまうだろうが!」

 エルムは、ハッと何かを思い出したように、小さなポシェット差し出した。

「四次元ポシェットー!」

 どこかで聞いた事のあるような、とっても危ない匂いがする名前のアイテムだ。ただのアイテムボックスだというだけでなく、稼いだゴールドを銀行口座に送金する際に振り込むためにも使えるらしい。物をしまう事は出来ても戦闘の役に立つ気は全くしない。ちなみにエルムの手作りだそうだ。要らんわ、そんなプチ情報!

「もう少し俺自身にの役に立つ物なんか無いんもんかな。一度やると言ったからには最善は尽くすけど、このままだとマジでテンション下がるよ。ホントにやる気無くすよ」

「ごめんなさい。召喚される時、ここから持って行ける物ってそれくらいなの」

 新しい体に転生し、召喚される時に持って行ける物は異世界からここに召喚された時に身に付けていた物と女神自らの生命エネルギーで生成した物だけで、布や皮は出来ても武器や防具のような金属製の物は強度が低く、豆腐すら切れないほど使い物にならないそうだ。なんてこったい。

「そろそろ召喚までの時間が無くなりそうなので、最後に私【女神エルムの加護】を授けます」

 おーおー、そういうのを待ってました。ポンコツ女神じゃないって所を見せてくれ! 

そう思った俺の期待は少しだけ裏切られた。

 エルムは座っている俺の背後に立ちゆっくりと優しくハグをした。彼女の吐息が耳にあたる。左の肩のすぐ上に彼女の顔があった。

 近い、近い、近い、近い!!

 彼女の柔らかな小さめの胸が背中にあたり、俺の顔が上気していくのが分かる。女性慣れしていない俺は緊張で手足が細かく震えていた。中身はどうあれエルムは俺の好みにどストライクなのだ。これに動じない男などいないだろう。

 そんな俺の心の揺らぎなど知るよしもないエルムは優しく、こう(つぶや)いた。

「体温が1度上がりました。これで風邪を引きにくくなりました」

 彼女は俺から身体を離すと『これで終わりです。』と言った。

えーと、ちょっと嬉しかったけど、これで終わり? 風邪を引きにくくなったって……そりゃどんな仕事でも体が資本だけどさ。なにかこうもっと沸き上がる力みたいな物を期待したのだが、そういうものは一切無かった。違う意味で沸き上がる物はあったような、無かったような。

 まあ、わかってたよ、やっぱりエルムは残念女神なのだ。

 もーいいさ。過度の期待はもうしない。


 どうせ泣きたくなるだけだからだ。言いたい事は山ほどあるが、泣き言を言っても現状が変わる訳ではないんだ。なってしまった事を悔やむより、この先をどうするか考えなければならない。

 会社でも学校でも成績は良くない方にいるのだが、こういう切り替えだけは早い方だった。なってしまった事をくよくよ悩んでも仕方がない、この後どう対処すべきかを考えるべきだとと日頃から思っていたからだ。

 そうこうするうちに『召喚時間が来たようです』とエルムから告げられた。自分の体が金色に光り始めると、細かい光の粒子となって消え始めた。エルムは満面の笑みをこちらに向けると一言呟いた。

「召喚後はこの世界のルールに従って、ただの村人からスタートになります。がんばって下さい。私、応援してますから。ずっと見守ってますから!」

『えっ……ちょっと待て! 魔王を倒す為の勇者なのに、なんで……ただの村人だぁ?』

 最後にとんでもない事を言い残した女神に、光の粒子となって消えた俺の叫びは届く事は無かった。



 ーつづくー






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