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第二話

***


(ってか、私、このまんまだと超やばいよね……)
過去を思い出して、ちょっと頭が整理されたところで、私は辺りを見渡す。

ヒロインの代わりに、おっさんたちの慰み者エンドに自分が叩き落されてしまう。それだけは絶対に避けたい。
というか、これ。なんなんだろう?

もしかしたらゲームに熱中しすぎて、そのまま寝ちゃって夢を見ているのかもしれない?
それにしては妙にリアルだけど、と思いつつ、そう方針が決まれば、空いている窓を見つけて中に忍び込むことにする。。

夢だとしても、どこまで夢が続くかわからないし。夢の中でも娼婦堕ちエンドは避けたいしね。


ってことで。
後宮というのは、外に対しては警戒心が旺盛だけれど、中に入ればどうせ袋小路だから、と後宮の内側に面している窓はろくに戸締りもしてないことをアリッサの記憶で知っている。

私は風を通すために空いている窓から後宮の建物内に侵入する。後宮内の警備は夜中である事もあって薄い。
さっさと外に逃げ出すのが大事だけど……その前に。

あの超クソな姉に一泡吹かせてやりたい。
その思いで私はがっつり攻略したこのゲームの知識を最大限生かすことにする。

「てかマジでランバートが助けに来てくれてよかった……」

どうやら牢屋は後宮内にあったらしい。
まあ、ランバートは後宮を守る騎士団の一員っていう設定だったけど、まさか助けに来てくれるとは。なんで助けに来てくれたんだろう……。

「あ、そういえば……」

ヒロインとヒーローの仲を引き裂くために、アリッサはランバートをヒロインにけしかけていたのだ。まあ結果として、ランバートはマリアンヌにあっさりとフラれたわけだが。

彼視点でいえば、アリッサが彼女との仲を取り持ってくれたいい人、と思われていても別におかしくない。

「義理堅い奴だなあ……」
そういえば一生感謝するって言ってたもんな。
まあマリアンヌにはフラれて駄目だったんだけど。

と心の中で、ランバートの評価を『空気は読めないが、とっても善良な人』に上向き修正しておく。

まあともかく。
後宮は高い壁に囲まれてそう簡単に外に出ることは出来ない。
正規の出口を通らないと外に出ることはできないのだ。

ただ、私には、マリアンヌの時のゲーム知識と、アリッサの記憶があるため、後宮の内部はなんとなくわかる。

まずは正妃のエリアに入り、姉が実家から連れてきた侍女の中で、アリッサに同情的だったターニャを探す。

それで外に出してもらえる手段がないか相談しよう。上手くすれば荷物とかに紛れて出してもらうことはできそうだよね。正妃の荷物ならあんまりうるさい事言われない気がするし。

でも……この格好では囚人だってばれちゃうよね。
とりあえず、どこかで衣装を探してこよう。


***


じゃじゃーん。

と心の中でこっそりとお着替え完了の声をあげる。
いやあ。さすが悪役令嬢、気力体力ともに充実しているね。

と私は思いながら微妙に視線を斜め上にする。

いやあのね、咄嗟に洋服がいっぱいある衣裳部屋とか見つけられたらよかったんだけど、短時間で見つからなさそうだったのよ。

でもって、ふらっと一人で歩いている侍女さんが、私の目の前を通るからさ。

つい身柄を確保して、身ぐるみ剥いで、掃除道具入れの大きな棚の中にしまってきちゃいました(テヘペロ)


「ほんとーに申し訳ない」

けれど、こっちは命がかかっているんだし。
怪我はさせていないし、明日の朝になれば、掃除用具入れも開けるだろうし、多分助けてもらえるに違いない。

もちろんそれまでに、私は逃げ出す方向で。
でも、その前にきっちり落とし前は落とすっ。


ってことで、こっそりと王妃の居住エリアに入り込む。ゲームをしてた時にヒロインが後宮に潜入した時につかった、使用人用の通用口を通って、姉の部屋に近づく。

侍女のお仕着せの衣装を着て、さっきの女性が持っていたお酒の給仕をするための一式を顔の前に掲げて歩いていれば、誰も怪しまなかった。

とはいえ、今日の後宮は本当に人が少ない気がする。
きっと姉は国王に呼ばれているんじゃないかな。

ちなみに国王は42歳。姉が28歳だからまあまあの年の差だ。その割には国王陛下、側室やら愛妾やらがしっかりいて、女性関係についてはいろいろ頑張っておられる。

おかげで姉は常に機嫌が悪いけど、でもやっぱり正妃は大切にしないといけないのでね。
今夜王妃が王に呼ばれているなら、私的にはいろいろと動きやすい。ナイス国王!

人気のない姉の私室にこっそりと入り込む。アリッサはたまに姉との密談の為に、一人きりで呼ばれていたから、侍女に見つからないルートは確保済み。姉は掃除の時以外はこの部屋に誰も入れたがらない。
そして……。

ベッドの天蓋の向こうに隠されている、姉の大事な物を閉まっている書棚に手を掛ける。開ける為には鍵じゃなくて、ちょっとした仕掛けをクリアしないといけない。

私は姉の見よう見まねで書棚を正規の方法で開けて、中の書箱を手に取る。

これも簡単には開かない仕掛けがあるのだけど、これも以前一度開けたことがあるので、やり方は分かっている。

「ふふふふふ。やっぱりあった!」
中にしまわれていた皮袋をつまみ、そっと口を広げる。
手のひらの上に、中に入っていたものを取り出す。

白くて重たくて、微かに冷たい。
それは大理石でできた玉璽というやつだ。

玉璽っていうのは、王が国に関する大事な書類に必ず押さないといけない印鑑みたいなもの。

めったに押す機会はないらしいんだけど、たとえば王位継承とか、王族の婚姻とか、正式な書類を作る時には、絶対に必要なものだ。

以前、女性関係がえげつない夫にむかついて、姉が国王のところからすり替えて手元にもってきた、と話していた。

いやあ、それって大概無茶だと思うけど、どうやらまだ国王は気づいてないらしい。

姉も馬鹿だけど、国王も相当の抜け作だと思う(断言)


ということで今国王の手元にあるのは偽物。今のところばれてはいないけど、万が一バレたら……国王も処分レベルの国家レベルのアレヤコレヤ云々?

偽物玉璽でサインとかしちゃったら国際問題?

まあ正直、マリアンヌ視点では、自分の娘を自分の身分維持のために高級娼婦にして構わないと考えるような父親だし。マリアンヌやってた私としては許せない人物だしなあ……。

アリッサ視点では、小さな頃からあんな鬼畜洗脳する姉とか、さっさと抹殺しちゃいたいし?

「ってことで当然、これ持って行くよね」
するりと書箱に入っていた皮袋ごと、玉璽をポケットにしまい込む。

目的の物をゲットしたら、長居は不要。
ターニャを探して、誰にも気づかれないうちにココを出るのだ!


***


と、こっそりと姉の部屋を出て、再びお酒の入った一式をもって静かに歩いていると、とんとんと背中を叩かれて思わずびっくりして茶器を落しそうになる。

「早く、こっちに来て。人手が足りないのよっ」
そう話しかけてくるのは、同じ衣装を身にまとった侍女らしき女性だ。服が一緒ってことは、担当が一緒なのかなとかぼーっと考えてるうちに、手を引かれ、あっという間に王妃の部屋のある、後宮の一番奥向きの居住エリアから引っ張り出され、後宮の一番手前、賓客を招き接待する部屋に連れて行かれていた。

たまに王の後宮に大事な賓客を招いて、接待することがあるのだ。普段男性が入ることの出来ない場所に招待するということで、VIP待遇ですよ、って相手にアピールできるんだって。

なんて考えていたら。
「お酒、そちらに座っている方に注いで差し上げて」
その場を仕切っているらしき侍女頭に指示されてしまった。

とりあえず、一番警戒の厳しい奥後宮から抜け出せたことはかなりツイていたと思う。
このエリアなら客も出入りするくらいなので、外にも、より抜け出しやすくなっている。

まずは接客するふりをしながら、辺りを確認する。
奥には黒髪を長めにカットし、色とりどりの髪ひもで黒髪をまとめた鋭い瞳をした男性がいる。目は琥珀色をしていて、なんだかネコ科の猛獣のような印象を覚える。
私が向けていた視線を捕えるように彼がこちらを見つめた。

慌てて笑みを浮かべた顔で視線をそらすと、入口近くにいる男性に酌を始めた。

私の目の前の男は、人のよさそうなおじさんである。にっこり笑顔で酌をすれば嬉しそうに笑みを浮かべるものの、体に触れてきたり下品なことを言って来たり、そういう趣味の悪いことはしない。

うーん、奥のエラそうな人の随行員ってとこかな?

とりあえず、ここの人間たちが出ていくタイミングで何とか外に紛れて出よう。そう思いながら、笑顔を浮かべて目の前の男に酒を勧めていると、ふとするどい視線を感じて、本能的にそちらに一瞬視線を送る。


「おい、女。こっちで酌をしろ」
いきなり先ほどの男が声を上げる。あまり大きな声でなかったのに、男の声はおなかの奥にずんと響くような低くて通る声で、辺りはしんと静まり返り、代わりに一斉に周囲の視線がこちらに集まる。

や、やばい。注目されたくなんてないのにっ。

「は、はい今」
とりあえずさくっとお酌をしに行った方が騒ぎにならないかも。私は目の前の男性に一礼して、奥の男のところに向かおうとした瞬間。

「……これ、念のため、持って行きなさい」
今まで酌をしていた随行員(仮)の男性から、そっと耳打ちをされて、手のひらに小さな何かを渡された。一瞬確認すると、紙に包まれた粉のようなものだと気づく。

「単なる眠り薬なので、害はありません。必要と感じたらお使いください」
それだけ言われて、立つように促される。なんでこんなものを押し付けてきたのだろう。不思議に思って随行員(仮)の男の顔を覗き込もうと思った次の瞬間。

「女、早く来い」
再び呼ばれて、私は咄嗟に手のひらに入れられた薬らしきものを腰のポケットに入れて、彼の元に向かった。

「失礼します」
男の前に行き、膝を付きこちらに向けられた杯に酒を注ぐ。男は何も言わずにその杯を受けて一気に酒を煽った。
ゴクリと動く喉元が妙に艶めいていて、ドキッとしかけて、慌てて眉を潜めて誤魔化す。

次の瞬間、男は鋭い吊り上った瞳をすぅっと細め機嫌のよい猫のような表情をした

「……美人の注ぐ酒は美味いな。名はなんだ?」
杯を置くとそのままクイと顎に手を掛けられて持ち上げられる。猛獣に睨まれたみたいで一瞬身が竦む。

「……あ、アリ……シアと申します」
咄嗟に何とか偽名を名乗る。すると彼はすぅっとまた目を細めて、私の手を掴むとそのまま立ち上がる。

「お前が気に入った。伽を申し付ける」

と、伽? 伽ってなんだっけ……と思った次の瞬間、アリッサの記憶の中から意味が理解……出来てしまった。

「とっ……」
伽って、あれよね、男性を女性として宥める、みたいな? 分かりやすく言うと、エッチな接待?←

ちょ、ちょっと……それは。
逃げようと思った瞬間、腰を抱かれて耳元に唇を寄せられていた。

「……命を買うと思えば安いもんだ。ここから逃げたいんだろう?」

ぼそりと耳元で囁かれた言葉に一瞬目を見開く。だが周りがこちらに注目していることに気付いて、ゆっくりと瞳を細め、笑みの形を浮かべて見せる。

私が誰かわかっている? 敵か味方もわからないけど、このまま後宮から逃げられないのは困る。まずはここを出てから考えればいい。
そこまで判断すれば肝が決まる。

どういう状況かわからないけれど、この場に彼を接待するための我が国の高位の人間はいないのだ。いれば顔がばれる可能性がある。目立ってしまったのなら、少しでも早くこの場から逃げた方がいい。

「……かしこまりました。私の主人が許可を出したのなら構いません」

彼の顔を見上げて、言葉とは相反する強気な笑みを浮かべてみせる。

「侍女の一人ぐらい、構わぬな?」
反論が出来る人間がこの場にいないことを理解したうえで、男は私の腰を抱いて、そのまま部屋を出ていく。

「ああ、お前たちはまだ飲んでいたらいい」
彼の声に一斉に立ち上がりかけた男たちは一部を残し、座り直した。

歩き始めた彼の後を、数名のいかつい男たちがついてくる。そう言えば最初にお酌をした、飄々とした雰囲気の男性もついてきている。

「……ここはおしろい臭くてたまらん。さっさと外にでていい空気でも吸うか?」
腰を抱いたまま、耳元で囁く。

「はい! 外に出ましょう」
願ったりかなったりだ。是非ともこのまま外に連れて出て頂きたい。

必死に引き留めようとしている雰囲気の後宮の侍女たちを置き去りにして、男は部屋を出ていく。私は下を向いて恥ずかしがっているフリをしながらも、心の中で喝采していた。

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