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前世の終わり

 日が暮れる前にひっそりと出発すれば、日付が変わる前には海岸に着く事が出来る。そこから潜水艦に乗り込み、研究施設へと向かえば、上手くいけば昼頃には全てを終えられるハズだ。
 海岸へと続く道を歩いていると、同期であるルーカスがアーニャに呑気に話し掛けて来た。
「今日、出発するまでは休みだったわけじゃん? 国王陛下がくれたその休み、お前、何してた?」
「買い物に行って……それから、一生食べられないと思っていた高級ランチを食べて来た」
「一人で? 寂しー!」
「煩いな」
 さすがに好きな人に殴られました、なんて話は出来なくて。アーニャが話す嘘の休日に、ルーカスはカラカラと笑い声を上げる。
 今は敵地への進軍中だ。普通、私語などしていようものなら速攻で怒られるのだが、今日は違う。これが最後の私語になるのだ。だから誰もそれを咎めようとはしなかった。
「ルーカスは?」
「オレは仕事してた。つってっも、精鋭部隊の仕事はないから、通常騎士団の手伝いをしていたんだけどな。最後の時間くらい自由に使いなさいっていう国王陛下のご厚意だったけど……でも通常の騎士団にも友達はいるし、最後はみんなと一緒にいたかったんだ。黙って行かなきゃいけないから、さよならも言えないしな」
「……」
「アーニャだって、さよなら言いたいヤツいただろ? ノアとか、セレナとか。仲良かったもんな」
「そうだね……」
 自分達が死に行く事。それは自分達と一部の人間しか知らないし、誰にも話すなとの命令も下っている。話せば反対する者だって現れるだろうし、引き止めようとする者だって出て来るからだ。そうなればせっかく固めた自分達の決意も揺らぐだろうし、他の隊員の士気も下がってしまうかもしれない。この作戦自体に、悪い影響が出て来てしまうのだ。だからそれらを防ぐためにも、自分達はこうして黙って城を出るしかなかったのだ。
でも親しい人に別れの言葉が言えないのは、やっぱり寂しい。せめて「さよなら」と「ありがとう」くらいは伝えたかった。
「隊長。隊長は最後の休日、何してたんですか?」
ルーカスが、前を歩くトーマスに最後の会話を求める。
 するとトーマスは振り返り、その要求に答えてくれた。
「結婚式場の下見だよ。オレ、結婚するつもりだったから。最後に婚約者に会いに行ったら、せっかくだから式場の下見に行こうって言ってくれてね。断って喧嘩して終わりたくもなかったから、一緒に行って来たんだ」
「……」
「おかしいよね、これから死に行くヤツが結婚式場の下見なんてさ。そこで式を挙げる未来なんて、絶対に来ないのにね」
「あの、すみませんでした」
「いや、謝る必要はないよ」
 余計な事を聞いてしまったと謝るルーカスに、トーマスはその必要はないと首を横に振る。
 そうしてから、トーマスは更に話を続けた。
「誰が悪いわけじゃない、これは仕方のない事なんだ。施設の破壊に行く騎士は死ぬ、だから大人数で向かうわけにはいかない。でも、そうかといって成功率の低い騎士に行かせるわけにもいかない。だからオレ達に白羽の矢が立てられた。王国騎士団の中でも特に腕の立つ十人で構成された精鋭部隊。この仕事を確実に熟す事が出来るのは、騎士の中でもオレ達だけだ。オレ達にしかこの仕事は出来ない」
「確かに……。なら、誇りを持って死ぬべきですね」
「でもオレ、もうちょっと長生きしたかったなー」
「来世に期待、だね」
「そうだね。次生まれて来る時は、もっと平和な世界に生まれるといいね」
 本音を口にするルーカスに、アーニャとトーマスが苦笑を浮かべたところで、彼らの足がピタリと止まる。
 眼前に広がる海。そしてその岩場に隠れるようにして泊められている五隻の潜水艦。
 着いたのだ、自分達の死に場所に。
「注目」
 そう口にして、トーマスは隊員一人一人を順に見つめる。
 そうしてから彼は、彼らに最後の指示を出した。
「これより五組に分かれ、打ち合わせ通りに目的地へと向かう。我らの目的は海底にあるピートヴァール国の研究施設、そしてそこにある秘密兵器インフェルノ、及びそれに関する資料と研究員、そして研究施設自体の消滅。人々を恐怖に陥れるモノなど必要ない。我らの手でこの世から葬り去る、いいな!」
「はっ!」
「施設に侵入する必要はない。目標は衝撃に弱い兵器、インフェルノ。施設にミサイルを一発当てる事が出来れば、その衝撃及び、施設に流れ込む水流で勝手に爆発し、全てを破壊してくれる。その途中で仲間が撃ち落されても構わず突き進め。一隻でも施設に辿り着き、そして弾丸を撃ち込め。そうすれば我らの勝ちだ!」
「はっ!」
 研究施設を少しでも破壊する事が出来れば、あとはインフェルノが全て吹き飛ばしてくれる。絶望しか生まないその兵器自身も、それに関する資料も、それを生み出す事が出来る研究員や施設も、ピートヴァール国の陰謀も、そして自分達の命も。
 最後の指示を出し終えると、トーマスはニコリと優しく微笑んだ。
「それじゃあね、みんな。来世で会おう」
 そう言い終えると同時に、それぞれが潜水艦へと乗り込む。
 そしてそれぞれのルートで研究施設へと向かって行った。



 いくら精鋭部隊が優秀とはいえ、多勢に無勢。全機が無事に目的地へと着けるわけがない。
 途中で二機が見付かり撃墜、そして残った三機もまた研究施設による迎撃システムに苦戦を強いられていた。
「くそっ、ヘレンのチームがやられた! アーニャ、急がねぇとこっちもヤバイぞ!」
「分かってる!」
 目の前で仲間の船が沈められ、ルーカスが悲痛の表情を浮かべる。
 敵の攻撃を躱す操作はルーカスに任せ、アーニャは必死に標準を合わせていた。
「オレ達が全滅すれば、シュラリア国は終わりだ。施設が発見された事に焦ったヤツらはすぐにインフェルノを持ち出し、国にやって来る! インフェルノが一つも持ち出されていない今だけがチャンスなんだ! 早く撃て!」
「ルーカス、落ち着いて! 今の見てたでしょ? 下手に撃てば防衛システムに阻まれ、その隙を突かれてヘレン達のようにやられてしまう! 撃ったら絶対に外せない!」
「そうだけどっ!」
『アーニャの言う通りだ、ルーカス、落ち着いて』
「隊長っ!」
 生き残っているトーマスの船から、通信機を通して彼の声が聞こえる。それに耳を傾ければ、トーマスは早口で二人に指示を出した。
『オレ達が囮になり、先にヤツらに撃ち落される。するとヤツらに一瞬隙が生まれるハズだ。二人はそこを突くんだ、いいね!』
「っ、」
「分かりました! 最後はオレ達に任せて下さい!」
『ああ、任せる。絶対に外さないでくれよ!』
 最後にそれだけを言い残して、通信が切れる。
 操縦桿をギュッと握り直すと、ルーカスは鋭い目で前方を睨み付けた。
「アーニャ、操縦はオレに任せて、お前は攻撃に集中しろ。チャンスは一度、隊長達が沈められた瞬間。絶対に外すなよ!」
「分かってる!」
 その言葉を最後に、アーニャは標準を合わせる。
 ルーカスの言う通り、チャンスは一度。トーマス達の弾丸を阻み、防衛システムの機能が一度落ちた瞬間、そして彼らを撃墜した安心と歓喜に敵の気が緩んだその一瞬。そこに弾丸を撃ち込む。
 次はない。勝負は一瞬。それで全てが決まる。
(今だ!)
 そしてその時は訪れた。トーマス達の船に弾丸が撃ち込まれた瞬間、アーニャはすかさず引き金を引いた。
 勢いよく発射される、運命の弾丸。それは狂う事なく飛び、研究施設に小さな穴を開けた。
(これで、国は守れる。みんな、無事に生き延びられる)
 小さく開いた穴は水圧に耐えられず、大きく広がり、勢いよく水流を飲み込んでいく。
 そして次の瞬間、施設は大きく吹き飛び、敵の潜水艦やアーニャ達をも吹き消していく。
(生まれ変わったら私も、好きな人と結婚して幸せになれるといいな)
 彼女が流した涙で、インフェルノの勢いなど止められるわけもなくて。
 彼が恋人に向けていた優しい微笑みを思い浮かべたところで、彼女の意識は真っ黒に染まった。

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