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最期の任務

 シュラリア国の国王陛下、サミュエル・バッターリア。精鋭部隊に所属する十人の騎士が彼に呼び出されたのは、真夜中の事であった。
 他の者に情報が漏れないようにと、この時間にしたのだろう。一体どんな極秘任務が命じられるのだろうと隊員達が気を引き締める中、サミュエルが口にしたその内容に、彼らは信じられないと耳を疑った。
「我が国が不利とは、一体どういう事ですか……?」
 信じられないその情勢に、精鋭部隊の隊長であるトーマスが詳しい状況説明を求める。
 領土拡大のため、ピートヴァール国がまたもやシュラリア国に進軍を開始した。その情報を得たのは、数日前の事であった。
 ピートヴァール国がシュラリア国に攻め込もうとするのは、何も今回が初めてではない。これまでに少なくとも五回くらいはやって来て、その度、国境付近で騎士団に返り討ちに遭い、追い返されている。とどのつまり、やたら好戦的ではあるが、弱くて相手にならないという、とても迷惑な国である。
「ピートヴァール国は領土も小さく、経済的にも貧しい国です。兵士の数も少ないですし、その武力とて高くはありません。二年前のピートヴァール戦も、国境付近で迎撃し、難なく追い返せています。彼らがこの二年でそれほど強くなっているとも思えませんし……、今回も、二年前のように追い返せばよろしいのではないでしょうか?」
 おそらくそれは、この場にいる十人の騎士全員が思っている事だろう。それを代表してトーマスが進言する。
 するとサミュエルは、フルフルと力なく首を横に振ってから、その険しい眼差しをトーマスへと向け直した。
「トーマス、ピートヴァール国が我が国に攻め込もうと初めてやって来たのは、いつの事だったか覚えているか?」
「はい、私が王国騎士団に入団してすぐの事でしたので、丁度十年前です」
「そう、その十年前、我々はピートヴァール国に大勝した。そしてその後、幾度となく攻め込もうとするヤツらを難なく追い返せていたため、我々はこの十年間、ヤツらを侮っていたのだ」
「は?」
「我々はヤツらを弱小国だとバカにし、ロクな監視もしていなかった。それがツケとして、回って来てしまったのだ」
「どういう事ですか?」
「兵器を開発していたのだ」
「兵器?」
 中々話が掴めず、トーマスは困惑に眉を顰める。
 するとサミュエルは、十人の騎士の顔を順に見回してから、更に話を続けた。
「シュラリア国とピートヴァール国に面する海、トラヴァル海。その海底に小さな施設を建て、そこでヤツらは兵器の開発をしていたのだ」
「兵器の開発?」
「そんな、海底で?」
 初めて聞くその情報に、隊員達から驚愕の声が上がる。まさかそんなところでひっそりと兵器の開発をしていたなんて。そんな事知らなかったし、夢にも思わなかった。
「他国に見付からないようにするため、そして万が一の事故があっても自国に被害が出ないようにするためだったのだろう。その万が一の事があったのかどうかは知らないが、ヤツらが開発している兵器の名は『インフェルノ』。超強力な爆弾だと思ってくれればいい」
「超強力な爆弾?」
「それって、どれくらいの威力があるんですか?」
「軽く都市が吹っ飛ぶくらいだ」
「えっ?」
「そんなに?」
「我が城に落とされれば、城はもちろんの事、王都全体が吹っ飛ばされるだろう。城が落とされれば、国の中枢機関が停止する。そうなれば国自体が攻め落とされるのも時間の問題だな」
「なら、我々に命じられる任務とは、その『インフェルノ』を破壊し、国に落とされるのを防ぐ事、でしょうか?」
「……」
 弱小国であるピートヴァール国がそんな兵器を作っていたとは驚きだが、作ってしまったモノは仕方がない。ならばそれを使われる前に破壊するだけだ。
 しかしそう尋ねるトーマスに、サミュエルは険しい表情のままゆるゆると首を横に振った。
「そのインフェルノだが、一つ欠点がある。それが衝撃にとても弱い事だ。小さな衝撃を加えただけですぐに爆発してしまう。インフェルノを破壊するため、研究施設に向かえば戦闘は免れないだろう。インフェルノの側で戦闘を行えば、少なからずの衝撃がそれに加わるだろう。そうなればインフェルノは爆発する。位置的に地上に被害はないだろうが、爆発すれば研究施設はただでは済まない」
「しかしそんなに衝撃に弱いのであれば、それを使用するピートヴァールの兵士も無事では済まないのではないですか?」
「そうだな。だからそれを使用する者は死ぬつもりで来る。自らを犠牲にして、我が国を攻撃するつもりだ」
「自爆する、という事ですか?」
「うむ。進軍しているピートヴァール国の兵士は囮。本当の攻撃部隊は、その隙に潜入して来るだろう、シュラリア国民に扮したピートヴァール国の兵士だ。ヤツらはその身にインフェルノを隠し持っていて、王都にあるこの城を目指してやって来る。そして城付近に辿り着くか、バレた時点で自爆。城付近はもちろんの事、それ以外の町でも国内でインフェルノを使われればただでは済まない。国に甚大な被害が出る」
「そんな……」
「それが、我が国の諜報部隊が入手した、ピートヴァール国の情報だ」
「……」
 ゴクリと、誰かが息を飲み込んだ音が聞こえる。
 懲りない国だな、と呆れながら迎撃し、難なく撃退していた弱小国、ピートヴァール国。それが侮っていたために強力な兵器を手に入れて、間もなくシュラリア国に攻め込んで来る。
 それを防ぐには、一体どうしたらいいのだろうか?
「相手の手が分かっているのなら、国境付近の警備を強化しては?」
「どこから入って来るか分からないんだ。その全てを警備するのは不可能だろう」
「進軍兵が囮だと分かっているのなら、その相手をしなければいいんじゃないか?」
「バカだな。それはそれでそのまま攻め込まれちゃうじゃないか」
「じゃあどうするの?」
「どうって、やっぱりインフェルノが施設から持ち出される前に破壊するしかないんじゃ……?」
「え、でもそんな事をしたら……」
 そう意見を出し合っていたところで、誰かが自分達の身が危ない事を指摘する……いや、指摘しようとした彼の言葉は最後までは続かなかった。
 気付いてしまったのだ。国王陛下が命じようとしている、その最後の極秘任務に。
「我がシュラリア国は、自由で豊かな国だ。ピートヴァール国以外にも敵国はあるが、それでも大きな戦争にはならず、皆が皆、平和に暮らしている」
「……」
「幸いにも作り出されたインフェルノは、まだ持ち出されてはいない。全て研究施設にあるそうだ。一つも漏らす事なく破壊するのであれば、今がチャンスだ」
「……」
「私は国王だ。国民の平和と安全を守らなくてはいけない。今ある幸せを壊すわけにはいかないのだよ。そしてそのためには、非情な決断を下さなくてはならない。国の頂点に立つ、国王としてな」
「……」
 ゆっくりと、一人一人の顔を見つめる。どの顔も険しく固まっており、中には震えている者もいる。
 もう分かっているのだ、全員が。これから命じられる、騎士として最後の任務を。
「施設の場所は海底。それも国から遠く離れている。例えそこで爆発が起きたとしても、シュラリア国には影響は出ない」
「……」
「お前達が使命を全うした後、私は自ら他の騎士たちを率いてピートヴァール国に攻め込む。そして国王を討ち、ピートヴァール国を終わらせる。二度とこのシュラリア国を危険に曝したりはしない。それをここに誓う。だから……」
 そこで一度言葉を切ってから。サミュエルは静かに言葉を続けた。
「シュラリア国のために、死んではくれないか?」
 研究施設に向かい、施設ごとインフェルノを破壊せよ。
 国王陛下から命じられたその任務。
 それに嫌と言える者は誰もいなかった。

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