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「悪いな、友達と帰るところだったんだろう」
「そうだけど。でも、……来てくれて嬉しかったよ」
「そりゃ俺も嬉しいな」
 帰宅途中に寄り道をしたのは、街中のカフェ。オープンテラスの席で、あたたかい飲み物を飲んだ。
 ライラはホットレモネード。
 リゲルはブラックコーヒー。
 もう十二月になるのだ。オープンテラスは少し寒かったけれど、しっかりコートを着たままならばそれほどつらくない。それに静かな……今日は馬車事故など起こりそうもない……様子の街並みを見ながらお茶を飲むのも楽しいのだ。
「それで? 用事は?」
 リゲルが学校まで訪ねてくることはあまりないので気になってしまい、ライラはひとくちふたくち、レモネードを飲んだだけで自分から尋ねてしまう。しかし早く話したかったのはリゲルも同じであるようだ。
「ん。ちっとな、早く見せたかったもんだから」
 そう言って、テーブルの下に置いていたカバンを引っ張り出す。仕事用具がたっぷり詰まっているだろう、無骨なカバン。
 リゲルが仕事用のカバンから取り出したのは、ライラがプレゼントしたノートだった。
 藍色のノート。オレンジ色の星座が散っている、あれだ。なにかに使ってくれたらしい。
「今日、気に入るのが浮かんだんだよ」
「詩が?」
「勿論」
 リゲルはしれっと言い、ライラにそれを差し出した。
「見てくれ」
 今度はちゃんと許可をもらえてリゲルのノートを開けることに安心しながら、ライラはノートを開いた。
 ノートの中は、何ページか書かれていた。中には急いで書きつけたのか、罫線を無視してメモのように書かれたものもある。
 雑に書かれている部分もあるが、確かにリゲルの文字。彼の字は、彼の気質のままに少し角ばっていて男のひとらしいものだ。見慣れたそれを、愛おしく思う。文字だけでなく、書かれているのはリゲルの頭の中に浮かんだ詩(うた)だから。
「綺麗な言葉ね」
 一通り読んで、ライラはいつのまにか詰めていたらしい息を、ふぅっと吐き出した。感嘆してしまったのだ。
「ああ。こないだ見た星空のことを考えてたら浮かんだんだ」
 それは夜空のうつくしさと、星のはかなさを詠(うた)った、綺麗でありつつも少し物悲しいような詩であった。
「この詩、うたってくれるか」
 急いで会いに来てくれて、そしてノートの詩を見せてくれて。理由はそれしかないとわかっていたけれど、ライラはちょっとためらった。
「いいの?」
 こんな綺麗な詩。素人の自分などがメロディをつけて歌うのはちょっともったいない気がする。
「当たり前だろう、お前に歌ってほしいんだ」
「そ、そっか。ありがとう」
 そう言われれば照れてしまう。ちょっと顔が赤くなったかもしれない。
「お前の紡ぐ旋律や声になれば、もっと綺麗になるだろうからさ」
 だというのにリゲルはもっとライラを照れさせるようなことを言い、そして。
「そうしたら俺は、仕事中にそれをくちずさめるってわけだ」
 言われた言葉は、極上の信頼であり、褒め言葉だった。

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