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68 波乱の晩餐会(3)

「私、まだ、将軍の()()()を伺ってませんから。どなたに膝を折るか迷われた末に、土壇場で剣を向けられたら、目も当てられません。今頃、クラエス殿下とアーロン殿下が、喧々(けんけん) 囂々(ごうごう)中でやりあって――と言うか、一方的にクラエス殿下が吠えて、アーロン殿下が論破しているのが目に見えるようですけど――そちらを、どうぞ見学してて下さい。私は、逆ギレしたクラエス殿下が、配下を〝青の間〟になだれ込ませないように、止めてきますので。ただ、殿下は〝(あか)の間〟に配下がいると思ってますけど、実際にいるのは、入れ替わった刺客ですからねー。中に入られる前に〝朱の間〟で全滅させておかないと」

「な…ぜ、そんな事に……」

「さあ…?でも〝選帝の儀〟が近かったのなら、遅かれ早かれ起きた事なんじゃないですかね?それじゃあ、私、急いでますので、これで」

 すちゃ、と片手を上げて、キャロルは身を(ひるがえ)すと、言葉を失くしたフォーサイスを置き去りに、朱の間〟の扉を、開け放った。

「勝手に()()()してくれて、ありがとう。無駄な体力使わずに済んで良かったわ。そんな訳で『残り』の皆さん。――かかってきなさいっ!」

 キャロルが足を踏み入れるや否や、部屋の中から飛び散った血が、外の床と壁とカーテンを、べったりと濡らす。

「ローレンス隊長⁉」

 いくらなんでも、放ってはおけまいと、フォーサイスは慌てて後を追ったが、その瞬間、中で目にしたのは――赤い血溜まりだった。

「⁉」

 フォーサイスの足元には、城内で見覚えのない、少なくとも国軍の、城に出入り出来る地位を持つ者ではない男が、首元、恐らくは(けい)動脈をかき切られた状態で、転がっていた。

 そこから中へと、2人が同様の状態で横たわっており、更にフォーサイスの目の前で、4人目の男の頸動脈が、かき切られた。
 尋常な速さではない。

「おのれ…っ」

 どうやら、駆けつけたフォーサイスを、キャロルの味方と見たらしい男が、キャロルから離れて剣を振りかざしてきたため、フォーサイスはとっさに剣に手をかけると、逆袈裟(けさ)がけの要領で、男を斬り捨てた。

 (パワー)に勝るフォーサイスの場合は、それだけで、致命傷だ。

 そのまま、2人3人と斬り捨てている内に――少なくとも、アーロンを死なせてはならないとの思いが、フォーサイスの中にも芽生え始めていた。

 国粋主義を唱えながら、反対意見を持つ者を、他国の手を借りて排除しようとする時点で、クラエスのやり方は、破綻している。

 まだ、資質の見えない第三王子(コーネラス)に、国としての未来を託すのも、あまりに危険な賭けだ。

「ローレンス隊長!」

 剣を持つ手をグッと握りしめて、フォーサイスは叫んだ。

「国軍の剣は、陛下に捧げられたものだ!だが次代として、私はアーロン殿下に膝をつこう!ここは、手を貸す――いや、ディレクトアの問題として、後は私が引き受ける!」

「―――」

 目の前の男の喉をかき切ったキャロルは、そこでいったん手を止めて――振り返った。
 フォーサイスの表情から、どこまで本気かを伺っている感じだ。

 やがて…ふと、口元が緩んだ。

「ありがとうございます。これで、アデリシア殿下も安心だと思います。あの、別に口を割らせるような事もないんで、残りは全滅で大丈夫です」

 髪や礼服に返り血を盛大に浴びた状態で、しれっと言われては、襲撃者側は、怖さ倍増だ。

「承知した」

 とは言え、声をかけられたフォーサイスの方とて、自国の王族を襲撃しようなどと言う(やから)に、出来る手加減など、ある筈がない。

 何回か剣を合わせた後に、背中から剣の切っ先が出てくる様などは、まさにキャロルとは自力の差だ。

 そのまま剣を振って、刺し貫かれた男を放り投げるに至っては、こちらも、やっている事が容赦の欠片もない。R15指定確定の、残酷さだ。頸動脈をかき切っている時点で、人の事は言えないのだろうが。

 つくづく、この将軍が、クラエス側やコーネラス側に立たなくて良かったと、キャロルは内心で冷や汗をかいた。

「あ」

 その時、()()()の行き先のマズさにキャロルが気付いたが、既に手遅れだった。

 それは〝青の間〟と〝朱の間〟を繋ぐ、コネクティングのような役割を果たしていた木の扉に、勢いよく、激突したのだ。

「王宮衛兵!アーロンを捕らえ――」

 扉が木っ端微塵になったのその瞬間、クラエスと思しき怒号が、こちらの部屋にも響いて来る。
 が、それ以上はピタリと何も聞こえてこなかった。むしろ、静まりかえった。

 何人かが、腰を抜かしたり、小さく悲鳴をあげて、気を失ったりしている。

「……うわぉ。もうちょっと範囲を狭く、限られた人間にだけ、この部屋見せつけるつもりだったのにな……」

 どう見ても、笑って誤魔化せる状況にない程、部屋も、残った2人も、血塗れだ。
 しかもキャロルは、他国の人間である。

 困ったな…と、小さく呟いた声が耳に届いたのか、フォーサイスがゆっくりと〝青の間〟の方へと歩を進めた。

「こちらの、カーヴィアル帝国の近衛隊長殿は、危急時にこの場で最も腕が立つ(かた)と見込んで、手を貸して頂いたに過ぎない。結果はご覧の通りだ。政治的野心などはなかったと、この私が証言する」

 低く〝圧〟のある声は、この場を落ち着かせるのにも最適だ。

「クラエス殿下。民の為、国を富ませるのが王族のあるべき姿であるところ、このように証拠をすり替えてまで、アーロン殿下を陥れ、その富を己が内側に抱えこもうなどと…残念です。本当に、残念です。この部屋に控えていた襲撃者達を見るまでは、クラエス殿下も、国の為を思って動いていらっしゃる、お二人で話し合えば、落としどころはあると――信じて、いたかった」

 上座近く、アーロンの前まで来たところで、フォーサイスは、頭を下げながら片膝をついた。

 その途端、血塗れの〝(あか)の間〟は、一瞬皆の頭から追いやられ、どよめきと共に視線が全て部屋の中央へと向いた。

「国軍の剣は陛下に捧げられたもの。だが私は次代として、貴方様を仰ぎたいと思います――アーロン殿下」

(よし、これで共倒れの目論(もくろ)みは砕ける!)

 フォーサイスは、裏で(はかりごと)()せる為人(ひととなり)ではない。それは恐らく国の万人が知っているため、これで、アーロンの所領を(クビ)になった家宰が何を証言しようと、それすらもクラエスの差し金と思わせる事が可能になったのだ。

 後は、()()()()()()()に釘を刺しておかないと、画竜点睛を欠く。

 キャロルは剣を鞘に収めながら、ユリウスの姿を探した。

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