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20 父との距離

 翌日は秘書、更にその次の日は、カレルと街の散策(弟は、使用人達が交代でその間世話をしてくれた)をして、あっと言う間に滞在最終日となった、その夜。

 キャロルはロータスから、デューイが呼んでいると言われて、執務室へと向かった。

「失礼します。キャロルです。入ります」
「ああ」

 キャロルが中に入ると、机で書類に目を通していたデューイが、顔を上げた。

「キャロル。単刀直入に聞く。キシリーで、何をしてきた?」
「え…っ」

 部屋に入るなりの、この第一声に、怯んだキャロルは、思わず後ろの執事長(ロータス)に視線を投げてしまった。

「ロータスは、私の問いかけに、自分が手を貸した事を答えただけだ。そのままでは、何がやりたかったのか、さっぱり分からなかったから、おまえを呼んだんだ」

「……あの。その前に、ひとつ伺っても宜しいでしょうか」

「なんだ」

「キシリーにある、ヤスミンと言う宿が襲撃を受けた――と、言う事で、まずは合っていますか」

 返事の代わりに、デューイの眉が不審そうに(ひそ)められる。

「…だとしたら?」

「だとしたら、襲撃者の中で捕まっていない者がいたとしても、こちらの領内へ落ち延びて来る事は、ありません」

「断言か。まさに今、その心配をしていて、情報を集めようとしたんだがな。ロータスが、おまえが何かを知っている筈だと言ったのは、正しかったか」

 少し考えたキャロルは、弟のために最初に買った房飾りが、ある子爵領から消えた宝石だった事。その事情聴取で知り合った監察官に、各地の信頼出来る宿を教えて貰って、ここまで来た事だけをとりあえず話して、ヤスミンも、その宿の一つだったのだと、父親に告げた。

「経緯は分かった。それで?」

「今あんまり関係ないんで、詳しくは言いませんけど、その監察官一行の中で、監察対象者の(ほう)に情報を流している、裏切り者がいるって気が付いたんです。で、色々お世話になったお礼に、その裏切り者を炙り出してあげようと思って、ちょっと小細工しました」

「小細工とは?」

「私が、監察の重要証拠を持っているって言う嘘の噂を事前にばら撒いて、宿での私の滞在を強調しつつ、実際は別の宿に泊まる――って言う事を、何日か繰り返したんです。滞在地ごとに、一人ずつ護衛と称した担当者を元情報の宿に配置して貰って、その担当者には、私が宿を移った事は、内緒にしました」

「なるほどな。別の宿に泊まった筈なのに、元の宿が襲撃された――それはすなわち、元の情報が、襲撃者に流れたって言う証左になるのか」

「はい。ロータスさんには、私がヤスミンに泊まっていると、部屋の擬装をする事を手伝って貰いました」

「ふむ…強盗ではなく、監察妨害が目的だから、逃げたとしても、その先で暴れる事はない。ただ雇い主の所に帰っただけ、となるのか」

「はい。元々、組織だった集団だと聞いているので、タダの雇われや荒くれ者(ゴロツキ)とは事情(ワケ)が違うかと」

「……なるほどな」

 ロータスは、自分が手を貸した事の結果に驚いているようだったが、デューイは口もとに手をやりながら、頭の中で目まぐるしく情報を整理していた。

「その囮作戦は、キシリーが最後だったのか?」

「いえ。ここでの滞在の事は、そもそも話していませんが、キシリーから先も、公都(ザーフィア)とルヴェルでやるつもりでした。ですがキシリーで結果が出たのなら、後はもういいのかとも思ってます」

「確かにな。その監察官とて暇ではないだろうから、その2箇所は、中止とさせれば良いだろう。公都(ザーフィア)とルヴェルの滞在予定宿は、どこだ?それに関しては、こちらから護衛を出そう。良いな、ロータス?」

「かしこまりました、デューイ様」

「えっ⁉」

 今度は、キャロルの方が驚かされた様で、目を瞠る。

「それはそうだろう。監察の証拠とやらが、囮だったと分かったにせよ、せっかく潜入させていた駒を潰された恨みはあるかも知れん。せめて公国を出るまででも、護衛はいた方が良い」

「………あまり大げさなのは、ちょっと」

「………」

 しばし、父娘の睨み合いが続く。

 ため息をついて、間に入ったのは、ロータスだった。

「それでは、こうなさいませんか、お二方」

 ロータスが提案したのは、護衛任務自体を、使用人達の訓練の代わりに使うと言うものだった。

「道中、キャロル様に見つかった護衛は、即、失格。その場で任を外れ、領内に戻らせます。気配を消せないようでは、先々、困るのはその者自身。戻り次第、私が再教育を致します」

「…なるほど。キャロルにとっても、周囲を警戒する、良い訓練になるのか」

「…護衛を邪魔と思うなら、さっさと全員を見つけて帰らせろ、と言う事ですね、ロータスさん」

「まぁ、そうなりますね。最も、全員が見つかってしまった場合は、最後、私が参りましょう」

「「………」」

 にこやかに微笑(わら)うロータスに、父娘(おやこ)が揃って沈黙する。

「…それで良いな、キャロル?」
「……分かりました」

 互いに納得しつつも、微妙に流れる「間」を嫌うように、デューイが軽く咳払いをした。

「キャロル」
「はい」

「まずは、推薦された先でしっかり学びたいと言うのは、分かった。だがこの先士官学校を卒業して、進路に悩むようであれば、この領地へ戻って来ると良い。デュシェルはまだ幼い。私としては、将来、デュシェルの成人まで、おまえに領地を預けるのも、()()だと思っている。いや、デュシェルの器量次第では、デュシェルの方を補佐に、おまえが侯爵位を継いでも良いとさえ思っている」

「えっ」

「驚くほどのことでもないだろう。おまえがこれまで積み重ねてきた人生(それ)は、既に一般的な女性の生き方としての枠に収まってはいまい。カレルは、もしかすると、おまえにも一般的であって欲しいと思っているのかも知れないが、私は逆に、それをしてしまうと、おまえの心を押しこめて、壊してしまうような気がしてならない」

「………」

「まぁいずれにせよ、今は目の前にあるものを、可能な限り吸収して、今後の血肉とすれば良い。ただ、そう言う選択肢があるとだけ、覚えておいてくれれば良い」

 息子(デュシェル)が産まれても、決して自分を軽んじない――デューイの、そんな心を感じたキャロルは、精一杯の感謝をこめて、頭を下げた。

「ありがとうございます。………()()()

 侯爵領に着いてからも、一度も呼んでいなかった、呼び名。

 デューイは嬉しそうに、破顔した。

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