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10 二通目の手紙

「ルフトヴェーク公国の首席監察官……それが、2通目の手紙の差出人だと?」

 キャロルから離れたアデリシアは、再びフォーサイスの向かい側に座り直した。

 人差し指で、自分の隣を指しているアデリシアに、言いたい事を察したキャロルが、ブンブンと首を横に振るが、アデリシアに無言で睨み返される。

 私が話しづらいので…と、仲裁に入ったフォーサイスの顔を立てる意味もあって、キャロルは渋々、アデリシアの隣に腰を下ろした。

「首席監察官が、君に何を?」

「言ったじゃないですか、殿下。プライベートだと。彼とは、ルフトヴェークを旅行した時に偶然知り合っただけで、監察官だから、どうと言う事じゃないです。私がルフトヴェーク語や国の事、彼がカーヴィアル語や国の事を学ぶのに、お互い都合が良いので、その後も時々手紙のやりとりをしているだけです。それも、どんな街があって、名物はコレとか…最近こんな本を読んだとか、他愛もない事ばかりですから、そこは心配なさらないで下さい。ただ……」

 そこで、キャロルの表情が僅かに曇る。

「ただ?」

「今朝の手紙は、彼も第一皇子の外遊に合わせて、帝国(こちら)へ来る予定だと書いてありましたので……そう言う意味では、第一皇子寄りの人…なのかも知れません」

「現在進行形で、第一皇子に付き従っている可能性がある、と」

「……はい」

「しかも、そう言う事なら、帝国(こちら)に着いたら、君に会うつもりだと、随行にあたって話をしている可能性もあると」

「…………はい」

 先程より長い沈黙の後でキャロルは頷いた。

「その侍従武官の(かた)が、私の名前を持ち出していたのなら…そう言う事なのかも知れません」

 ふむ、と得心したように頷くフォーサイスを横目に、アデリシアはやや考えこむ仕種を見せている。

「君が私との婚約話に飛びつかない理由が、()()()()()()にあったとは、ちょっと予想外だった」

「え?」

「いや…まあいいよ。それでキャロル、君は一般情勢として、どの程度の事を聞いている?第一皇子派と第二皇子派の事とかを、聞いた事は?」

 アデリシア、フォーサイス、双方の視線を受けて、今度はキャロルが僅かに考えこむ様子を見せた。

「いつも、明け透けに書いてある訳ではないので…世間話に(ほの)めかされている事からの、私の想像でも構いませんか?」

「…監察官と言う仕事柄からすれば、それも道理か。続けて」

「多分…どちらの皇子も暗愚でないが故に、特に第二皇子の方には、相当の嫉妬心があったのでは…と、思います」

 闊達さを売りとする近衛の隊長らしくない、抽象的な物言いではあったが、その言わんとするところは、アデリシアにも理解出来た。

 ルフトヴェーク公国の第一皇子は、確かアデリシアと同じで、今年25歳、第二皇子は18歳になる筈だ。

 常識的に言えば、第二皇子に王位継承の機会などなかっただろうが、暗愚ではない、とキャロルが言うのであれば、第二皇子がその才幹と共に芽吹く「野望」の芽を、留める事が出来なかったのだとしても、無理はない。

 まして第一皇子は、今回の交流にあたって、アデリシアが聞いた限りでも、皇位継承者としては充分すぎるほどの才幹を持っているとの話だった。

 皇帝たる彼らの父親は当初、嬉々として二人の皇子の優秀さを、周囲に吹聴していたようだったが、そのことがかえって、王室を二分させてしまう事になろうとは、思いもよらなかったに違いない。

「第一皇子と第二皇子は、異母兄弟のようですし…」

「なるほど、後見としての権力を欲する縁戚が両皇子を推し、結果としてそれが激発した可能性もあるのか」

「特に第二皇子の母君が、皇帝の側妃にあたる方ではあるのですが、一族の規模としては、皇妃の方のそれを、ゆうに凌いでいるとかで…。殿下のお考えも、一理あるかと」

 世間話しかしていないと言いながら、キャロルは相当に、ルフトヴェーク公国の情勢を把握している。

 いったい、彼が何を思って、キャロルとのやりとりを続けていたのか。キャロルから何を得て、キャロルに何を与えていたのか。

 一行が到着した際には、確認しておく必要があるように、アデリシアには思えた。

「しかしそれなら、第一皇子を放逐した程度では、満足しない可能性もある。あちらの国も、皇帝は病床にあり、この外遊の成果次第では、帝位交代も有り得たと聞く。別の可能性として、第二皇子ではなく、さらに物の道理も分からない子供を、代わりに担ぎだす場合も――」

「いえ…その可能性は、低いかと」

「何故だ、近衛隊長(ローレンス)殿?実権を握った縁戚が、より、傀儡としやすい第三者を立てる事は、わが王国貴族の中でも、時折見られるが…」

 ほぼ間髪入れずに、アデリシアの言葉を否定したキャロルに、むしろフォーサイスの方が、怪訝げに首を傾げた。

「側妃の(かた)に人望がないからです、将軍」

「何?」

「確かに、一族の規模としては、大きいんです。ですが実際、その中には中庸派の方もいらっしゃいます。そこを無視して、物事を進められる事も多いそうですから、王の直系ではない嗣子を無理に立てようとしても、恐らくは中からストップがかかる筈です。第二皇子を旗にするからこそ、まだ、一族としての形を保っていられるんです。間をおかずして、第二皇子の配偶者争いは起きると思いますし、そのあたりの結束の脆さは、()()()使()()()かも知れませんが…今はまだ……」

 思ったよりシビアな、キャロルの物の見方に、アデリシアの面持ちに、意外さの色が浮かんでいたが、それは一瞬の事であり、誰の目にも留まっていなかった。

 なるほど、と言う呟きだけが、キャロルとフォーサイスの耳にも届く。

「仮に叛乱(クーデター)が成就しているなら、叛逆者の汚名は第二皇子に背負わせて、外交の尻拭いをさせる傍ら、自らは新皇帝の義理の父として、内務で権勢を奮う…そちらの方が、よほど現実的にあり得そうだ」

 我が帝国でも、いくらでも応用が効きそうだ…とアデリシアは呟いたが、さすがにキャロルもフォーサイスも、それには同調出来ない。

 2人の表情で、自分がやや自虐的になっている事に気付いたのだろう。アデリシアは苦笑ぎみに(かぶり)を振って、話題を元に戻した。

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