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「悪いな、ノートまでもらったのに、お茶代まで」
「ううん。今日はこの間のお礼だから」
 カフェを出て、家路につくべく歩き出したリゲルは、ライラの渡したノートを丁寧に包み紙に包みなおして、手に持っていた。雑貨屋で買った万年筆は、小さなものなのでポケットに突っ込んでしまったらしいので、手にしているのはノートだけだ。
 リゲルの手の中の、包み。一度開封したようにはちっとも見えなかった。その手先の器用さには恐れ入るばかりだ。
「ま、年下の女の子に奢られるなんて、ちっとプライドは痛むがそういう理由なら甘えるかな」
 リゲルの言った言葉の一部に、どきっとしてしまった。
 年下の女の子。胸のいちばん真ん中へ飛び込んでくる。
 それは幼馴染という意味だろうか。
 それとも、別の。
 そしてその発言は、リゲルもなにかしら思うところがあったらしい。「その、」と言い淀みつつ、切り出した。石畳の歩道をゆっくり歩きながら。
 それももう知っている。身長はライラと同じくらいでも、健脚なリゲルは、ほんとうはもっと速く歩ける。ライラに合わせてくれているのだ。だいぶ前にそのことには気付いていたのだけど、その事実が急に胸に迫ってきていた。
「なぁ、朗読会のときのあの子、ああ、あの子の名前『エニフ』っていうんだけどさ、あの子が、なんつーか、ヘンなこと言ったろ」
 それで察してしまう。
 恋人同士と言われたことだ。
 リゲルはそのとおり、「なんか、あの、コイビト同士なのかとかなんとかさ」と続けた。
 おまけにそこで既に照れた様子を見せられた。決まり悪げに視線がさまよう。
「お前、交際してる男はいないのか?」
 どくんとライラの心臓が跳ね上がった。この質問は、まるで前振りではないか。
「いないよ」
 どくん、どくんと心臓がもっと速くなっていく。
 まさか、私が勇気を振り絞るまでもないの。
 幸運が起こってしまうの。

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