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3話

 初めての依頼人・テトが持ち込んだ依頼は、彼自身も見たことがない両親の形見、“クエレブレの盾”を探し出すというもの。探し出す手がかりは古ぼけた地図と、小さなメモ用紙。……だけ。
 形見がどんなものか分からない。そもそも盾と言っているけど、テトの発言によれば本当に武具なのかも分からないわけで。
 ──とんだ無茶振りだ!
 悪態をつかないように、ミラはぐっと唇を結んだ。足元にいたノノンはしつこいカイから逃げるように窓辺に行き、カイもそれを追いかけてそばを離れる。地図とメモ用紙を取り出したレナは、テトの背後に控えていて、静かだ。
 ミラの反応を観察するように、じぃ、とテトが見つめてくる。それから穏やかな声で「詳細にいこう」と続けた。

「“クエレブレの盾”というのは、僕の家に代々伝わる大切なものなんだ。家宝っていうのかな」

 (いわ)く。その盾は熱い炎に耐え、鋭い槍を弾き、重たい岩でつぶれない、不可侵(ふかしん)の守護の盾である。血族で受け継ぎ、人の目から隠すように大切に大切に保管していたのだが──。

「それを、両親が妖精と協力して隠してしまったようなんだ」
「妖精と協力して……?」
「盾自体が、妖精ゆかりのものらしくてね」

 おかげで今、テトの家は大変なことになっているらしい。それはそうだ。家宝と称するほど大切なものが、どこに隠されたのかまったく見当がつかないのだから。

「けれど、家の中をひっくり返したおかげで、手がかりが見つかった」
「それがこの地図とメモ、ですか」

 はっきりとテトがうなずいた。
 視界の橋で、窓枠に逃げたノノンを抱き上げようと

邸宅(マナーハウス)街館(タウンハウス)も見て回ったけれど、それだと分かるものはなにも。そうだよね、レナ」
「ええ。テトに報告できるようなものは、なにも」
「まなーはうす、たうんはうす……」

 カイとレナが「従者だ」と名乗った時点で、気がつくべきだった。
 ──テトってきっと、いいところのお坊ちゃんなんだわ。
 貴族か商家か、それは分からないけれど。ファミリーネームを明かさないのも、家名が関係しているのだろう。ミラが爵位や権威にごますって取り入ろうとする可能性を考えているのかもしれない。
 どちらにせよ、厄介ごとの予感しかしない。

「ミラ? どうしたの」
「いえ、なんでもない……です」
「本当? なら、話を続けるよ」

 テトがすぅ、とミラのほうに地図を差し出す。茶色く汚れしなびている、古い古い地図。

「これ、少なくても百年単位で昔のものだと思うんだ。たとえば──ほら、ここ」

 白い指先が、かすれた大陸の国境線をいくつか指し示した。彼とともに視線を落とすが、ミラはその国境に違和感を覚える。なんというか、違うのだ。記憶の中の地図と合致しない。……気がする。毎日地図に挨拶をしているわけではないから、自信はないけれど。

「今と各国の(さかい)が違うんだ。ここも……ここもそう」
「ああ、やっぱり違ったのね。変だと思った」
「そっちが本当のミラ?」テトが顔をあげる。「仕事中のきっちりした言葉遣いも素敵だけど、僕は今の気取らない感じが好きだな」

 予想外の言葉に地図から視線がはじかれて、テトを見る。涼やかな(あお)の目を愛おしげにゆるめて、口元はやわらかく微笑んでいた。もともとの顔立ちが無機質にきれいなものだから、うすく表情がつくだけでとんでもない勘違いをしそうになってしまう。
 窓のほうから「いてっ」と小さく声が上がった。反射的にそちらを見ると、指先を抑えているカイと毛を逆立てているノノンがいた。あれは多分、噛まれたな。革手袋でカイの手が傷つけないことをいいことに、思い切り噛み付いたのだろうことが容易に想像できる。
 カイのおかげかノノンのおかげか。いつの間にか先程抱いていたとんでもない気持ちが、どこかに行ってしまった。
 ──きっとさっきのは、貴族の手練手管なのね。
 顔がいいことを自覚して、自分(テト)に都合のいいように交渉をすすめていく。きっとあの笑みは、そういう手腕のひとつに過ぎないのだ。

「ええと……」テトの表情がぎこちなくなる「話を続けるね」

 地図上をすべる、白い指先を追いかける。そうしてある一点をトントンと叩いて示す。
 大陸の海岸線に、小さなバツ印がついている。そこにだけ書き込まれた記号に興味を引かれた。

「これは?」
「おそらく、隠し場所のヒントだと思う。ちょうどこの辺りにも領地があるんだ」
「りょうち……」ということは、テトは貴族か。「え、っと。様子を見に行ったりは?」
「もちろん。直接行ってきたよ。でも……ここにあるのって大きな森ばかりで」

 なんにもないところだよ。と、困ったようにテトが笑う。

「で、こっちがその地図と一緒に保管されていたメモ」

 入れ替わるように差し出されたそれは、手帳をちぎりとって書いた買い物メモみたいに乱雑だ。左の長辺(ちょうへん)がざりざりに破れていて、罫線(けいせん)を無視して大きく記されているのは、たった一言だけ。

“歌声に耳をすませろ。”

「こ、これだけ……?」
「うん、そう。これだけ」
「ほんとのほんとに、これだけなの?」
「そうだよ、ほんとの本当にこれだけ。だから、困ってるんだ」
「し、」んじられない。

 吐き出しそうになった言葉を慌てて飲み込んだせいか、喉に(ちから)が入って痛くなった。それだけでは抑え込みきれないから、冷え切ったハーブティーを一気に流して胃に押し込む。せっかくのお茶は、香りがすっかり飛んでいた。
 心配そうなレナの視線が、ささくれだった気持ちを余計に刺激していく。いつの間にかカイも、壁に背を預けてミラの様子をうかがっている。

「あのね、テト」

 言葉を選ぶ。
 けれど、口調を整える余裕なんて、どこにもない。

「相談所につとめていて妖精が視えるからって、私たちは魔法使いじゃないのよ。だから、なんでも分かるわけじゃないの」
「それはもちろん」

 なにを当たり前な、とでも言いたげに首をかしげたテトは「それで?」と続きをうながしてくる。

「これだけの手がかりじゃ無理よ、私にできることはなにもないわ」
「本当に?」ミラの手を握る。「ミラだけが頼りなんだ。たいていの相談所は閉じてしまった。妖精に関する資料もほとんどが焼き捨てられて残ってない。──君が持つ宝石の瞳に頼りたい。知恵者に助力を()いたい」
「う……っ」

 そんな、雨にうたれて弱りきった子犬のような視線をむけないで欲しい。
 ──世話できないなら拾っちゃだめ、もとあったところに戻してこないとっ。
 混乱しきった頭のせいで、手を振り払うことも目をそらすこともできない。テトの湖畔の瞳が不安そうに揺れている。貴族の交渉術だ手練手管だと理解しているつもりなのに、それでも無下に扱えないのだから、容姿が優れているというのは強力な武器だ。

「少しでもいいんだ。“クエレブレの盾”という名に覚えはない? 歌声に心当たりは? 地図の印周辺で有名な逸話とか、なんでもいい」
「そりゃ、あるにはあるけれど……」
「だったら、」

 大切な宝物を抱えるようにしてミラの手を両手で包み込んだテトは、挙動不審でいっぱいいっぱいになっている彼女に「助けて欲しい」と、さらに心を揺さぶってくる。
 テトの体温が低いのか、ミラの熱が上がっているのか。包まれている手が冷えて気持ちがいい。優しくて必死な声音が、ミラの良心に呼びかけ揺さぶる。
 おひさまをたっぷり浴びてきたノノンが、膝の上に飛び乗った。ミラを見上げてンナと一声鳴く。(とが)めるような色を持った声に、崩れかけていた理性が戻る。
 これは仕事だ。しかも、ミラが相談所を引き継いでから初めての仕事である。良心で引き受けても、目的が達成されなければ給金がもらえない。タダ働きになってしまう。安請け合いをしてはだめなんだ。慈善事業じゃないんだ。できないことは、ちゃんと断らないといけない。
 少しの葛藤を()て、断ろうとしたときだ。

「やっぱりさァ」

 気の抜けるような声で、場違いなほどの能天気にカイが言う。ちょうど逆光になって、彼の表情は見えない。

「妖精なんていねえんじゃねえの」
「なんですって……?」
「聞こえなかった? じゃあもう一回言ってやるよ。妖精なんていないし、ここは詐欺師の店なんだろって言ってんの」
「内容増えてるじゃない!」
「なんだ、ちゃんと聞こえてんじゃん」
「カイ、やめなさい。テトの名に傷をつけるつもりですか」
「いいや、やめないね。止めてくれるなよ」

 レナの静止を無視して、からかうようなカイの声が続く。面白がっているような言い方なのに、なぜだろう。背中が寒くなるほど、怖い。
 膝の上でノノンが牙をむいて威嚇する。テトは……美しい笑みのかけらを見せるだけで、なにもしない。

「見えないものをいるって言い続けるだけで金になる商売だった。けどここにきて、実在する家宝を見つけろって言われて困ってんだろ。でまかせでごまかせないから、言葉をにごしてんだ」
「違うわ、そんなことない」
「できないなら、そう言えば? 今まで嘘ついてきました、妖精なんて見えないしそんなものはいません、ごめんなさーいってさ。今なら指差して笑うだけで帰ってやるよ」

 カイが笑う。テトの笑みとまったく違う、獰猛(どうもう)残忍(ざんにん)な笑い方。捕まえた獲物をいたぶって楽しむ獣のようにミラを見据えて、逃さないとでも言うようにテーブルに手をついた彼は、視線で押しつぶしてくる。
 背中をつたっていたはずの冷たさは、いつの間にか失くなっていた。
 代わりにわいてくるのは、ふつふつと煮えるような感情。お腹の底を突き破ってめりめりと火柱(ひばしら)が昇るようだ。
 衝動のままに立ち上がり、頭上の朝焼けを睨み返す。膝からノノンが落ちた。けど、かまっていられない。ムカつくカイの髪を思い切り引っ張って、無理やり腰を折り曲げて。つむじが見えるくらい低くなった頭にむかって勝ち誇る。

「おあいにくさま。あなた、私に断って欲しいみたいだけど、依頼ははじめから受けるつもりなの」

 ノノンが抗議するように声をあげる。
 カイがいぶかしむように眉をひそめて、レナは二人の衝突に口を挟めず。

「だってここは相談所で、私はその店主よ。妖精(かれら)のことでお困りなら、目と知恵を貸すのが私の仕事。助けて欲しいと求める声があって、どうしてそれを断らなきゃならないのかしら」
「へえ、」ゆるりとカイがまばたいた。「受けるんだ」
「ええ、もちろんよ」

 いたずらが成功したような笑みを浮かべたカイは「そりゃ好都合」と、ミラの手を振り払う。ノノンの肉球パンチがふくらはぎに炸裂して、ようやく気づいた。──自分がていよく、煽られたことに。
 ぎりり、ギりり。油の切れたブリキのおもちゃのようにぎこちなく、テトを見る。彼はきれいな(かんばせ)に花の笑顔を浮かべたまま。

「すっごく頼もしいよ、ありがとうミラ」

 ──もしかして私、判断を間違えた?
 レナの同情しているような生ぬるい視線に、とてつもなくすがりたくなった。

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