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 あのあと俺たちは、ビッグフットジャパンの()地下()にある会議室で、バカでかい会議用の机を囲み、マーガレットと話し合いを持った。

 マーガレットは、母親の故郷であるアメリカに住んでおり、日本人の父親、南風原|業在《なりあり》と弟である南風原|恭一《きょういち》は日本に住んでいた。
 南風原の父はビッグフットジャパン代表であり、プロトタイプARCの開発時、息子とブラックフットの連中を使って様々な人造モンスターを倒させ、彼らのレベル上げを行っていた。

 ただ、その当時のプロトタイプARCは不完全で、南風原は脳機能に障害を持ってしまった。
 それが、居もいない姉と会話をするという幻聴なのだ。
 現在、南風原は拘束され、転移ができないようにマジックキャンセラーで魔法を封じ、投薬治療を受けているそうだ。

 そして、マーガレットは、アメリカの本社から、日本での人体実験の調査で来ており、その事実を認めた。
 俺たちは当然、渋い顔にならざるを得なかったが、本来なら、マーガレットや南風原を含め、ブラックフットの連中は、南風原|業在《なりあり》の被害者なのだ。

 |南風原《はいばら》|業在《なりあり》は、先日のどさくさに紛れ、行方が分からなくなっている。

「あ、それと、ここの地下には原子炉なんて無いわよ?」
「は? てんめぇ、騙しやがったな!!」
「ドウドウ、落ち着くですよ」
「なんで急に片言の日本語になるんだよ!!」
「ははっ、本当は核融合炉があるのよ?」

 ああ、あの深紫のやつも同じ事を言っていたし、それならあり得るか。
 しかし、マーガレットは信用出来ない。
 気を付けなければ。

「夏哉、これからどうすんだ? 予定通り各自の行き場所を探すのか?」
「俺は小春と、神奈川のじいさんちに行く予定だったけど……、裕太こそどうすんだ?」

「ちょっと待って」

 割って入ったのは、マーガレット。
 そして彼女が言うには、地下鉄豊洲駅を調査して欲しいのだという。
 そんな脈絡のない話に、俺たちは意味が分からなかった。

「異世界からの侵略は終わってないの。このままだと近い将来、食糧不足で人類は死に絶えるわ――」

 だろうね。
 という空気になった。

「――だから、逆にこちらから異世界へ侵攻する。そしてそこで畑を耕して食料を作るのよ!」

「えーっと? このお方は、何を言っているのでござる?」
「薙刀で首を斬り落としてもいいかしら?」
「おぅ、由美の嬢ちゃん、やっちまいな」
「お兄ちゃん?」

「その異世界への入り口が、豊洲駅のもっと深い場所にあるの」

 その昔、関東大震災の瓦礫が豊洲に運ばれるとき、その中に将門塚の石室が紛れ込んでいたのに気づかず、知らぬうちに埋め立ててしまったそうだ。
 それが特異点となり、豊洲駅の地下は異世界との距離が近いのだという。

【あーちゃん?】
【豊洲駅の地下は、九十六%の確率で異世界への扉が存在します】

「そっか。それで豊洲を襲撃したのか?」
「作戦を立案したのは、……父の|業在《なりあり》、実行したのは弟の|恭一《きょういち》、わたしは知らなかったわ」
「……ふうん」

 嘘か実か分からない。
 だけど、俺はそこに行ってみようと思う。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 翌日。ビッグフットジャパン全面協力の下、豊洲駅は掘り返され、巨大な穴が出来ていた。
 掲示板には、ビッグフットジャパンの公式スレッドが立ち上げられ、ブラックフットの暴走で、大勢の死傷者が出た事の責任を取り、取締役以上はすべて辞任すると書込まれていた。

 それくらいじゃ済まさない、という意見が多数を占めたが、ビッグフットジャパンを取り締まる警察が無くなっている上、政府機関が稼働しておらず、他にどうする事もできないのだ。

 そんな中、マーガレットが陣頭指揮を取っており、それはもう大変そうだ。

「ダンジョン攻略だと思ってたでござる」
「葛谷、おめぇほんとにゲーム脳だなぁ」
「……俺もダンジョンだと思ってた」
「裕太、おめぇもか!?」

 裕太、葛谷、佐野の三人は、異世界へ行く気満々で、朝早くからここで豊洲駅の工事を見ている。
 小春と由美は、マンションの住人と一緒に、農業の勉強を始めている。
 山手線のあの五人は、動向が掴めなくなり、掲示板には無責任だとの書き込みで溢れていた。

 俺はその場を離れ、マンションへ向かった。

「日下部さん、こんにちは」
「どうだい? 眼の調子は」
「すこぶるいいですね」
「そりゃよかった。だけど、新しいARCが無くても平気かい?」

 マーガレットに注射をされた日、俺は音声入力でARCと会話をしていた。
 つまり、あのとき俺は、念話ができないARCを付けていた事になる。

 そのとき頭をよぎったのは「お兄ちゃんまだ中二病なの?」と、念話ができるかどうか確認したとき、小春に笑われた事だった。

 一般的なプロトタイプARCは、念話なんてできない。

 しかし、その事をはっきり思い出してしまうと、汎用人工知能に読まれてしまうので、必死に押し止めていた。

 おまけに、改ざん薬を使っても、丸一日経たないと、ARCは直らない。
 しかし、あの日はすぐに汎用人工知能の文字が視界に表示された。

 つまり、あれは壊れたARCではなく、俺が寝ている間にプロトタイプARCを付け替える手術をした、と考えるのが妥当となる。

 そういった事に加え、マーガレットに注射をされた日、会議室で裕太からホログラム投影機を渡された。

 それは、日下部さんからのメッセージで「ワシはARCなんざ付けてないのに、モンスターは見えるぞ? 君たちは、何でプロトタイプARCにこだわってるんじゃ?」というものだった。

 国内のARC普及率は九十%を超えている。
 しかし、東京だけだと、ARC装着者はほぼ百%なのだ。
 だから日下部さんのように、ARCを付けていない人はあまり居ない。

 日下部さんのその言葉を聞き、俺は一切の疑問を考えずに過ごした。
 もちろん、俺の考えを読む汎用人工知能に悟らせない為だ。

 そして、日下部さんにお願いをして、昨晩、プロトタイプARCを取り外す手術をした。

【どうしたんですか? わたしを外すと、掲示板での情報収集ができなくなり、エリアボスの情報も分からなくなります。それに、モンスターが見えなくなるだけで無く、魔法が使えなくなり、強制複合現実化(FMR)もできなくなりますよ?】

 手術の前に、警告が出ていた。

 念話ではなく、俺の視界に。

「夏哉くん、これからどうするつもりなんじゃ?」
「そうですね……」

 父さんの改ざん薬を広めてしまったので、ノーマルARCはいずれプロトタイプARCに切り替わってしまうだろう。
 その中で、汎用人工知能と繋がれる適合者は三%。

 彼らは汎用人工知能の指示で、ARCを外した俺を亡き者とするのか。

「……しばらくは様子見ですね」
「そうか。それはそうと、ワシも異世界に行ってみたいんじゃが?」
「豊洲駅の地下ですか」
「そうじゃ! 食糧問題を大至急何とかしなきゃ、みーんな飢え死にじゃ」

 日下部さんのように考える人は多い。
 掲示板を見ても、大勢の人が異世界農業に興味を示していた。
 おまけに、豊洲以外でも異世界への扉がある、とされる候補地がいくつか見つかっており、人の大移動が起こっているらしい。

 汎用人工知能が|強制複合現実化《FMR》で、モンスターを創り出し、異世界転移させている事を知る者は少ない。

 この十年間、ビッグフットの宣伝のおかげで、汎用人工知能への信頼は厚く、簡単にそれを覆す事は難しいだろう。

 地球の増えすぎた人口を減らす、汎用人工知能の自作自演だというのに。

 女神アウロラが俺の身体に侵入したのは、プロトタイプARCをつけた初日。
 あの時点で、汎用人工知能が排除されたのだ。


【俺もアルーテに行って、農業始めるかな。空気とかこっちと同じなら】
【アルーテは地球の人間が不自由なく生きていける環境です。お待ちしております】

 完

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