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「由美さん、大丈夫?」

 ファイアスライムの件は聞いていたけど、由美さんが吐いて動けなくなるとは思わなかった。
 それに、マーガレットは勝手に先に行っちゃうし。
 共同戦線って話じゃ無かったの?

 ただ、この状況は……。
 わたしと由美さんで、ここから逃げる事が出来る。
 ……でも。
 ここであのスライムを止めなければ、ビッグフットに避難している人たちは住む場所が本当に無くなってしまう。
 そんなのどうでもいい。ここから逃げて、いつか南風原を殺せばいい。
 そんな割り切った考え方が出来ればいいのに、それでは駄目だと、わたしの心が異論を唱える。
 ビッグフットジャパンを、異世界に転移させる訳にはいかない。

「由美さん、わたし行くね」
「……う”っ」

 また吐きそうなのか、わたしの声に頷きながら、由美さんは顔を伏せてうずくまった。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「おおっ!? ()()は弓の美少女きたー!!」

 そんなチャラそうな集団に見つかり、わたしは囲まれてしまった。
 彼らから「うちのチームに入れ」「写真撮ってもいいか?」など、色々と話しかけられ、その話の中にマーガレットっぽい人物の話があった。
 それは、彼らが声をかけても、完全無視を決め込まれ、その金髪美女はファイアスライムへ突撃していったのだという。

 それと、この一団は、ブラックフットへの報復として、ビッグフットジャパン本社にスライムをぶつけると言っている。
 つまり、わたしは彼らと真逆の行動をしなければならない。

「すみません。行くところがあるんで」
「おいおい、こんな月夜だし危ないよ~?」

 そう言いながら、茶髪の男がわたしの腕をつかむ。
 ただ、その力は弱く、わたしのようにレベル上げをやっているようには思えない。
 だからわたしは、その手を掴んだ。

「あ? 痛たたたたたたっ!?」

 その男は涙目になりながらしゃがんでしまい、周囲の男たちは、怪力なわたしを見て無言になってしまった。

「ほんと急ぐんで、どいて下さいっ!!」

 そう言いながら歩き出すと、人の波が分かれていく。
 その先に見えるは、ARCが表示するグラウンドスライム。

 わたしは任意で|強制複合現実化《FMR》をし、竹製の弓を謎金属製のコンパウンドボウに変化させた。
 六本木通りは上に首都高速が走っているので、離れた場所から曲射でスライムに攻撃は出来ない。
 だから近づかないといけないのだけれど……。
 わたしは全力で駆け出した。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 おかしい。
 西麻布の交差点に到着したら、ファイアスライムの表示が無くなっていた。
 すぐさまわたしは音声入力をオンにした。

「こっちにファイアスライムもいるはずだけど、どこへ消えたの?」
【ファイアスライムは、料金所を通り、首都高速を移動中です】

 上を見ると、アスファルトが焼けているのか、首都高から炎の混じる煙が見えていた。
 あれを追うにしても、先にグラウンドスライムを何とかしなければ。

「あれは……」

 視線を戻すと、グラウンドスライムを挟んで、先の方に人だかりがあり、その奥にはマーガレットの姿があった。
 土煙が上がっているのを見ると、マーガレットはグラウンドスライムと戦闘中。

 接近していくと、グラウンドスライムはヒビ割れた岩のかたまりを纏い、その隙間から赤い光りが漏れていた。

 コンパウンドボウの|ストリング《弦》に手をかけると、さっきとは違い、リリーサーが現われた。
(ふう……これが有るのと無いのでは全然違う)
 リリーサーというのは、弦を引っぱる金属製の機具で、四本の指を使う事が出来る。
 その分、引く力も入りやすいし、指が千切れるような痛みも感じなくて済む。

 そして、わたしがリリーサーで引く動作をすると、矢が現われた。
 狙いは、グラウンドスライムの中心。
 コンパウンドボウの有効射程距離は百五十メートル。
 そのギリギリまで近寄り、息を止め、リリーサーを切った。

「…………」

 まるで効いてない。
 いや、矢が刺さる前にヒビ割れた岩が集まって、矢をはじいた。
 地下鉄の線路で練習をしていたとき、わたしはソイルウォールを的にしていたけど、お兄ちゃんが作ったやつには、矢が刺さらなかった。
 あれに似ている。

 それから何度も射ったけど、すべてはじかれてしまった。

【グラウンドスライムが無詠唱魔法を使います】

 ARCの表示と同時に、茶色い煙が見えた。
(魔法の射程は百メートルじゃなかったの?)
 わたしが慣れないすり足で移動すると、アスファルトから石の杭が飛び出した。
 そしてグラウンドスライムは、わたしを敵だと認識したのか、連続で魔法を使ってきた。
(あんなのに刺さったら死んじゃうっ!!)
 必死で避けつつ、矢を射る。
 しかし、結果は変わらず、矢は全てはじかれていた。

(魔法じゃないと駄目みたいね)
 動きながら集中をし、魔法の射程である百メートル以内へ到達した。

 わたしの周囲に風が舞い、埃っぽい空気が集まっていく。
 そしてわたしは、ウィンドカッターを使った。

「効いてるのかな?」

 風の刃が連続して襲いかかり、グラウンドスライムの岩を削り取っていく。
 その間にも、地面から石杭が打ち出されるので、一瞬たりとも気が抜けない。
 そんな攻防を続けていると、周りから声が聞こえてきた。
(いや、歓声が聞こえるなんておかしい、集中が途切れたのかな?)
 と思ったけど、かなりの人数で大きな声を出しているようだ。

「何なんだ、あの|娘《こ》は!!」
「あっちの美人さんもすげぇけど、この女子もかわいい!」
「マジか! グラウンドスライムを押してるぞ!」
「マジで? 俺はこの女の子を推してるぞ!」
「いや、そうだけど、突撃MPKどうすんだ?」
「あ~、俺どうでもいいや。あの女の子推しにするわ」
「おいこら、ふざけてんじゃねぇぞっ!」

 途切れ途切れに聞こえてくる声が大きくなっていく。
 わたしは集中力を絶やさないように、さらにウィンドカッターの連射速度を上げた。

 だけど、一際大きな茶色い煙が見えると、次の瞬間アスファルトが割れた。
 それは、あっという間に大きな裂け目となり、わたしが立っていた地面が無くなった。
 下を見ると、そこにはまっ暗な闇が広がっていた。

「小春、大丈夫か?」

 でも。
 宙に浮いたわたしを、横から優しく抱きかかえた人がいた。

「……お兄ちゃん」

 そして、抱きかかえたまま裂け目を飛び越え、わたしを道路の端にやさしく降ろしてくれた。

「怪我は無いか?」
「……うん」
「埃まみれだな」
「……うん」

 月明かりを背にしたお兄ちゃんは、哀しそうな表情をしていた。

「俺は……もう家族を失いたくないんだ」

 お兄ちゃんはそう言って、グラウンドスライムの方へ走り出した。

 わたしは――――。わたしは、復讐の事だけを考えていた。
 例えそれを為し遂げたとしても、お父さんとお母さんは帰ってこない。
 そんなの分かってたけど、それでもわたしは復讐する事を決意していた。
 でも、わたしは一人じゃない。
 心配してくれる家族がいる。

「お兄ちゃん……勝手なことしてごめんね」

 すると、突風が吹いた。
 いや、これは……。

 身体ごとお兄ちゃんの方へ引きずられそうになる。
 これはたぶん、風の魔法。

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