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「危な――」

 リキッドスライムは左右から触手を伸ばし、由美を挟み込むように攻撃をした。
 しかし由美は滑らかなすり足でそれを躱し、本体へ重い一撃を浴びせた。

 だけど、斬る事は出来なかった。
 どうやら人工知能の文字情報にあった通り、リキッドスライムには物理攻撃が通りにくそうだ。

 由美とリキッドスライムを結ぶ直線上に、刀を構えた大学生がいる。
 彼は由美の攻撃の後、すかさず斬りかかっていたが、同じくはじかれていた。

(リキッドスライムは、動きが遅すぎて避けられないのか?)

 スライムの目は、どこにあるのか分からない。
 もしかしたら目が退化した動物のように、なにか動きを感知する器官を持っているのかもしれない。

「それなら――」

 俺は右足を振り上げ、体重を乗せながら目いっぱいの力を込めて、アスファルトに叩きつけた。

 ――ドン!

 そんな音と共に、アスファルトが足の形に凹んでしまったが、効果はあったようだ。
 何故なら、佐野さんの手刀が、リキッドスライムの触手を斬り飛ばしたからだ。

(……ふむ)

 俺は右手を握り締め、強制複合現実化(FMR)のおかげで、(こぶし)も足も、金属のように固くなる事を確認する。

(もしスライムもこれと同じような挙動をするのなら……気を逸らせばチャンスはある。前に出て戦っている彼らには悪いが、少しだけ確かめさせてくれ)

 それから俺は何度も(かかと)当てで、周囲に振動を起こした。
 そうすると、リキッドスライムに、各自の攻撃ダメージが入り始めた。

(いける)
 そう思った次の瞬間、リキッドスライムから何かが飛んでいき、刀を持った大学生の顔に大きな水のかたまりが張り付いた。

「ちょっと!? どうするの、これ!!」

 ヨロヨロと後ろに下がり、呼吸が出来ず尻餅をついた大学生に駆け寄り、由美は水のかたまりを取り払おうとしている。
 両手ですくってはいるが、その水の量に対してあまりにも少ない。

 だから俺たちも全員で駆け寄り、水をすくい、道路へ投げ捨てる。

「げほっ!」

 呼吸が出来ず、もがき苦しむ大学生は、ようやく水のかたまりがなくなり、咳をしながらうずくまった。

「大丈夫か?」
「だ、ごほっ。大丈夫――。いまのは、ウオーターって魔法だ。ARCが表示したから間違いない」

 チアノーゼになりつつ、大学生は強がって見せた。
 しかし、水の魔法か。
 いや、いまはそれより――。

「一旦引くぞっ! リキッドスライムから離れろ!!」

 俺はそう声を発した。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 あれから一時間経過した。
 俺たちは、プロトタイプARCの文字情報で集まってくる人達に「リキッドスライムに近づかないで下さい」と、交通整理の真似事をやっていた。

 あの大学生はまだ戦うと息巻いていたが、顔が紫色になっていたので、少し怖じ気づいていた五名を付き添いにし、病院へ向かわせた。
 しかしそれ以上に、俺たちと一緒に戦うという人が増えていき、現在のメンツは三十名近くにまで増えていた。

「裕太くん」
「はい?」
「ARCに魔法って項目が増えてるが、これもゲームが現実化するって事かぁ?」
「――!?」

 佐野さんにそう言われ、俺は視覚操作でその項目を探す。

「これか……」

 設定に〝魔法〟という項目が増え、その中に〝ファイアボール〟という魔法があった。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 あのあと〝掲示板〟という項目の中に〝関東地区掲示板〟があり、どうやらそこで情報交換が出来る事も分かった。

 そして、魔法が使える事が分かってから一時間。
 ファイアボールは、何かの物語にあったような詠唱を必要とせず、強めに意識すると、まるでゲーム感覚で使う事が出来た。

 おまけに、ゲームで採用される、MPという概念も無い。

「おしっ! みんな空に向けての練習は終了しよう。次は水平方向への練習。あ、ビルとか車に当てないように、道路沿いにファイアボールを使う事!! それじゃあ、始めっ!!」

 合流するプロトタイプARC装着者は増え続け、現在のメンツはは七十名を超している。
 中にはプロトタイプARCではない、普通のARCをつけている人も混じっていたが、そもそものモンスターが見えないので、丁寧に参加を見合わせていただいた。

 ここに居る有志の人たちは、いずれも若者が中心だが、年配の人もいる。
 そして、全員がゲーム好きという、なんだか知識的に偏った集団になっていた。

 あれからリキッドスライムは動いていない。
 ARCに尋ねると、兵隊であるスライムたちが地下へ潜り、ネズミなどを狩って魂を集めているのだそうだ。

 そして、魂が一定数になると、この銀座一帯が異世界へ転移してしまうという。

(ふむ……これだけの人数になると、野球ボール程度のファイアボールでも壮観な眺めだな)

 俺たちは晴海通りを南下し、北へ向かって水平射撃をしている。
 それで分かったのだが、ファイアボールは、およそ百メートルの距離を高速で飛び、そして黒煙となって消滅する。

 通りには、すでに人影は無い。
 こんな状況であまり時間を長引かせると、ここのメンツの避難に影響が出るかもしれない。

(だからと言って、焦りは禁物だ。……しかし、人の増え方が尋常じゃ無いな)

 どうやら、掲示板を見たプロトタイプARC装着者が、俺たちの元集まってきているようだ。

「こんにちは~。掲示板見てきました~」

 こんな感じで、リキッドスライム討伐に集まってくれたメンツは、百名を超えていた。
 その頃には魔法の練習も一段落し、俺たちは再度リキッドスライムへ挑むのだった。

 俺と由美を含む五十名は、西から迂回し、中央通りからリキッドスライムを攻撃。
 佐野さんをサブリーダーとした五十名は、このまま晴海通りを北上させ、挟撃することにした。

 俺たちが銀座四丁目の交差点から南百メートルの位置に到着すると〝関東地区掲示板〟に建てたスレッド〝リキッドスライム戦〟へ視覚操作で文字を書き込む。

 裕太『佐野さん、準備はいいですか?』
 佐野『ああ、いつでもいいぞ。カウントダウン頼む』
 裕太『了解。十からいきます』

 俺は百メートル先にいるリキッドスライムを見つめる。
 ウオーターという水属性の魔法が飛んでくるかもしれないが、この距離なので今度は避けるように、と口を酸っぱくして注意喚起を行った。

(ゲームっぽいけど、死んだら復活は出来ない

 当たり前の事を、自身に言い聞かせつつ、ゼロのタイミングで、俺たち五十名はリキッドスライムへ一斉にファイアボールを放った。

しおり