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「お兄ちゃん? あれ? いない」

 起き抜けで目を擦りながら部屋を飛び出すと、お父さんとお母さんは、リビングでくつろいでいた。

「ねえ、お兄ちゃんは?」
「館内をうろついてるんだろ?」
「小春、もうお昼よ? いまからお昼ご飯を食べに行くから顔を洗ってらっしゃい」

 父さんも母さんも「いつもの事じゃないか」といった雰囲気で、お兄ちゃんの事を心配していない。

 「違うっ! 木刀が無いの!! お兄ちゃんどっか行ってるよ!!」

 わたしは涙を堪えながら叫んだ。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 仮想現実コンタクトレンズ(ARC)にインストールされた人工知能(AI)は、様々な原則を守るようにプログラムされている。
 その中の一つに、装着者のプライベートを守るという原則がある。

「ねぇ、お父さん、まだ分かんないの?」
「ああ、うん……ちょっと待て」

 お父さんはビッグフットジャパンから、プロトタイプARCと、それの改造に必要な機器を持ち出していた。
 もちろん、プライベート情報である、お兄ちゃんの位置情報を探るため。

 小さなガラス製の器に、何かの水溶液が満たされ、その中にプロトタイプARCが二つ沈んでいる。
 器の底にはいくつもの電極が見え、そこでプロトタイプARCの改ざんが行われていた。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「痛ててっ」

 身体中が痛くて目が覚めた。
 あいつら散々ボコりやがって……。

 佐野の大声で、タロットキャロットのメンツの空気が一変し、俺を親の敵を見つけたような眼で睨み付け、全員で囲んできた。
 その中には、井上由美の顔もあり、彼らはビッグフットジャパンと尋常では無いほど揉めていると察する事が出来た。

 そして、裕太は悲しげな表情で、少し離れた場所に立っていた。
 そんなに怒る原因が分からないので「俺はビッグフットジャパンの手先では無い」と言ったが、まったく聞き入れてもらえなかった。

 その後は、佐野を筆頭に数名からの暴行を受け、俺は気を失っていようだ。

「ここは……」

 俺はコンクリートの床に転がされていた。
 痛みを堪えつつ、小さな採光用の窓を見ると、外はオレンジ色に染まっており、ずいぶんと時間が経っていると気づく。

 周りにはモップや業務用の掃除機が置かれているので、おそらくここは用具室。
 出口を見ると、ドアノブが壊され、こちらからは開かないようにされていた。

「監禁までするかね?」
【ほんとそうですねぇ】
「……」

 すごく他人事のような声で、あーちゃんの念話が聞こえてきた。
 まあ、このポンコツAIはどうしようも無いと分かったし、あまり関わらないようにしよう。

【ごめんなさい】
【おっと、どうしたんだい?】
【夏哉、わざとらしいです】
【そうかな? 俺の心を読めるんじゃないの?】
【そうです。けど、今のは元気付けようと――】

 ああ、知ってるよ。
 人工知能とはいえ、ユーザーを元気づけようなんて、昔とは性能が段違いだ。

【ただなぁ、あれだけボコられてるのに、何か解決策は無かったのか?】
【あの場では抵抗しない事が最善だと判断しました】
【はいはい、そうですか】

 まあ確かに、あの場で反撃すれば、怪我人は俺だけでは無かったはずだし、魔法なんて使っていたら死人が出たかもしれない。
 逃げ道はなく、駐車場から飛び降りても、運が良くて大怪我だ。

 気持ちを切り替え、脱出の方法を探る。
 立ちあがると、痛みで少しよろめいた。

 ……待て。
 タロットキャロットのメンツは、ゲームアプリでレベルアップしているはず。
 現実世界でのレベルアップなんて、とも思ったが、俺は裕太がスチール缶を握り潰すのを見た。

 そんな奴らからボコられたのに、この程度で済むのか?
 いや、あり得ないだろう。
 では何故?

 ――!?
 もしかして俺もレベルアップしている? そのおかげで防御力的なものが上がって、この程度で済んだのか?

【はい。夏哉はレベルアップしています】
【やっぱそうか……ちょっとゲームアプリを開いてくんない?】
【……】
【あ~ちゃ~ん……】
【……】

 またか……。
 こうなると、もうどうしようもないんだよな。
 眼球に癒着しているプロトタイプARCを、無理矢理引っ剥がすわけにもいかないし、無視されると完全にお手上げだ。

 まあでも、俺にもレベルが適用されているということは開示させたんだ。もう少し様子を見ながらあーちゃんを口説いていこう。

 関東地区掲示板を開き、俺に関するスレッドがないか検索してみる。

「……」

 検索ワードを変えつつ探していくが、それらしいスレッドは見つからない。
 それならスレッド内の本文中に、何か俺に関する事が書かれているかも、と思い検索を始めた。

 しかしスレッドの数が多すぎて、かなり時間がかかりそうだ。
 あーちゃんはだんまりだし、参ったな。

「まあいっか。さっさと脱出しよう」

 俺は薄く小さな刃を思い浮かべ、ドアノブに目がけてウィンドカッターを使った。

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