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「――むおっ!?」

 酷い頭痛で目を覚ますと、鼻と鼻がくっ付きそうな距離に小春の顔があった。
 こ、これは誤解だ。
 ちちち、違うんだ。
 (やま)しい考えは無い!
 断じてない!

「んっ……」

 こらーっ! 抱きついてくるなっ!!
 まずいまずいまずいまずい。
 こんなとこ、親に見られたら言い訳できない。

 というか、ベッドは二つあるのに、なんで小春が一緒に……。
 俺は少しずつ身体をずらし、小春を起こさないようにベッドから出ると、どっと汗が噴き出した。

 落ち着け俺……と、とと、とと、とりあえずシャワーでも浴びよう。

 リビングに行くと、まだ誰も起きていなかったので、さっさとシャワーを済ませ、俺は社食へ向かった。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

【夏哉】
【――!? びっくりした!!】
【すみません。念話に慣れて下さい】

 昨日の食事とは違い、レトルトの朝食を済ませると、あーちゃんは文字では無く、脳内に直接話しかけてきた。
 それでちょっと挙動不審になっていたのか、廊下を歩く別の家族は、俺を避けて通り過ぎている。

【これ念話って言うんだ。んで、どうしたの?】
【豊洲エリアを異世界転移させるモンスターがいます】
【豊洲? ……それをどうしろと?】
【倒してください】

(だと思ったよ。だけど、俺の身の安全を優先するんじゃなかったのか?)
 歩きながら会話を続ける。

【その情報はさ、プロトタイプARC装着者に表示されるの?】
【はい】
【拒否権は?】
【あります】
【そっか、んじゃ今回は他の人に任せて――】
【夏哉は適合者なので行って下さい】
【それさ、ちょっと気になってたんだけど、適合者って何?】
【モンスターの解析が出来る者達です。適合者はプロトタイプARC装着者の三%しかいません。つまり、適合者がいなければ人類はモンスターに勝てません】

【要するに、多くの人々が魔法を使えるようにしたいって事か】
【それだけではありませんが、適合者は出来るだけボスモンスターの討伐に参加して下さい】

 平時なら迷わず拒否するところだが、一昨日の惨状を見るとなぁ……。
 それに、昨日のクインアントはスルーして、今回は戦えときた。

【なあ、身の安全を優先すると言っておきながら、そうなるのはどうしてだ?】
【魔法の確保を優先します】
【マジで言ってんの?】
【マジです】
【……まあいいけどさ、この前みたいなだまし討ちは勘弁な。ボスモンスターの分かってる情報は全て開示してくれ】

【はい。敵モンスターの種族はスライム。固有種名アシッドスライム。直径はおよそ二メートルで、属性は酸。触手を使い物理攻撃も行ってきます】
【つまり酸属性の魔法を使うスライムって事?】
【そうです】
【厄介そうだな……】

 これはあれだ。ゲーム序盤の弱いモンスターでは無く、おそらく強い方のスライムだ。

【……というか、刀で斬れそう?】
【物理攻撃はほぼ通りません】
【……だよな。んじゃ四種類の魔法――ん? 増えてるな】

 昨日は、火属性ファイアボールに、風属性ウィンドカッター、土属性ソイルウォール、水属性ウオーターの四つだったのに、氷属性のアイスバレットが増えていた。
 火風土水の四属性は知っていた。ゲームで。

 もちろん氷属性も知っているし、これはちょい強のイメージだ。
 てことは、アイスバレットで倒せるかもしれないな。

 これはまさに取らぬ狸の皮算用、だと自戒しつつ、俺は木刀を持ちこっそりとホテルから抜け出した。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ビル下層にある商業施設の出口には、昨日と同じく、制服を着た人達が警備をしていた。
 そしてその手には小銃では無く、強制複合現実化(FMR)され、青くなった武器を持っているので、プロトタイプARC装着者だと分かる。

 出て行こうとする俺に「避難されている方ですか?」と、制服男性が話しかけてきたので、ホテルのカードキーを見せた。
 しかしそれでは足りなかったようで、横にいるブリキのアンドロイドにARCのチェックまでされ、ようやく外出が可能となった。

 これをやっているのは恐らくビッグフットジャパン。割と厳重に守っているんだなと思いつつ「黒服の警備員さん、お疲れ様です」と言うと、「俺たちはブラックフットだ」と返ってきた。

 それから俺はビルの脇にあるレンタル自転車を借りようとすると、現金払いだと言われた。
 ここ以外は停電でキャッシュレスが全滅、それでも現金で経済を回そうとする努力はすごい。

 なけなしの現金で料金を払い、俺はあーちゃんのナビで現場へ向かった。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ひっそりとした早朝の道路は、動いている車は無く、歩いている人もいない。
 乗り捨てられた車と、埃っぽいビル風が舞う風景は、とても淋しく感じた。

 両脇にある商業ビルは閑散とし、たまに見かけるコンビニは明かりが消え〝臨時休業〟との張り紙が見える。

【ん~? あれがスライム?】
【そうです】
【……少し練習しとくか】

 道路沿いにある生ゴミの収集箱に、粘着質で半透明、直径三十センチくらいの丸っこい物がくっ付いていた。
 一応あーちゃんに確認を取り、俺は自転車を降りて、魔法がどういった感じなのか確かめることにした。

(小説のように詠唱が必要なのかな? ゲームだとMPやスキルが関係してくるけど、まあとりあえず、見馴れたファイアボール――っ!?)
「拙いっ!」

 ファイアボールを使おうと思った瞬間、赤い煙が俺の前方に収束し、バランスボールほどの炎の玉が現れた。
 咄嗟に空を見上げると、ものすごい速度でファイアボールが飛んでいった。

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