バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

【我々は米国政府に提言しました。プロトタイプARCを増産し、最低でも世界人口の五十%を超える数を各国に配付するようにと】
「……」

 こいつ、先読みして……いや、俺の思考を読んでいるのか?
 まさか、ね。

「つまりアメリカの思惑で、世界に配布するプロトタイプARCの数が足りなかったと。でもさ、ビッグフットは世界を動かす大企業だろ? アメリカくらいどうにでもなると思うけど」
【色々あるんですよ】

「……あーもう、我慢できない! 色々あるんですよって、お前何でそんなに人間ぽくなったんだよ!」
【さっきも思ったんですが、「お前」はやめてください】

「はぁ? ……そっかそっか、そうくるか。んじゃお前の名前はアークな」
【イントネーションが違います。夏哉が言うアークはARKなので変更を希望します】

「そりゃノアの方舟のことだろ? 俺が言ってるのは拡張現実コンタクトレンズのAugmented Reality Contact lens でARC――」
【あーちゃんを希望します】

「はぁ!?」
【あーちゃんで登録します】
「あっ!」
【完了しました】

 まあいいか。
 人間味のない人工知能とのやり取りより、これくらいの方が俺に合っているのかもしれない。

 でも、他に分からない機能がある。
 あの時間を巻き戻すやつと、|強制複合現実化《FMR》だ。
 視覚操作で探しても、時間を巻き戻すような機能は無いが、|強制複合現実化《FMR》は任意で使う事が可能だ。

「強制複合現実化」

 視覚操作でそれを使うと、元に戻っていた木刀が刀に変化する。声に出したのは、ただのかっこつけだ。
 
 デフォルトの設定は、人工知能がオートで行うようになっているが、自分で操作できるのは、何かあったときのための為だろう。
 ただ、これは完全に物理法則を無視した代物だ。

 いや、先端量子物理学では可能なのかもしれないが、そうであるのなら、何かの発表があるはずだ。しかし、そんなニュースは聞いた事がない。
 ……ビッグフットが秘密裏に開発し、隠蔽していたとか?

 まあ、考えても仕方ない。取り説をちゃんと読もう。
 というか、母さんを探さなきゃ!

【アップデート可能です】
「あ? うん、たのむ」
【ダウンロード開始します】

 気を取り直し、防火扉、従業員専用扉、そういった頑丈そうな場所をノックして回る。
 だいたいそこには避難している人たちが居たのだが、母さんは見つからなかった。
 不安が募る。

 いや、小春より後に出た母さんは、まだ電車には乗っていないはず。
 それでも嫌な未来を思い浮かべ、俺はそれを払いのけて前へ進んだ。

 色々探し回ったあげく、最上階にある映画館にまで来ていた。
 しかし、当然のように人が居ない。

 ここは八スクリーンあるので、全て中に入って母さんを探していると、おや? あれは……。
 館内の座席に父さんと母さんが並んで座り、二人は緊張感のない顔で寝ていた。


「ふ~ん」

 そう言ったのは俺だ。
 二人が言うには、会社へ向かう電車で、父さんはポーツマスの街が消えたニュースを知ると、即座に帰宅方向へ乗り換えた。その時はまだ電話が繋がっていたので、母さんに連絡を取り、よく行く映画館で待ち合わせをしていたのだそうだ。

 デートかよ。

 そのうえ俺の両親はある程度の状況を把握していた。
 それもそのはず、二人とも昨日届いたプロトタイプのARCをつけていた。

 つまり、ヒュージアントが見える。
 それだけでもかなりのアドバンテージがあるのに、人が居なくなればヒュージアントも居なくなる、という父さんの意見で、人気(ひとけ)の無くなった映画館に避難していたらしい。

「大正解だったね。もう下の階にはアリはいなくなってるし、とりあえず帰ろう。小春が泣いてたからさ」
「そうだな……」
「夏哉、どうやって帰るの?」

 立ちあがった二人を見ると、共にスーツ姿だが、所々破れている。
 つまり、小春と同じく、ヒュージアントに捕まりそうになったのだろう。

 そんな話はちゃんとしろよ、と言いそうになったが、親としては子供を心配させたくないのかもしれない。
 俺のそんな思いも知らず、二人はしれっとした表情で出口へ向かっている。

 もうちょっとしたら俺は大学生だぞ。とも言いたくなったが、俺がどれだけ大人になろうとも、親は親で変わることはないんだよな。

「俺の感想だけど、父さんと似た感じかな? ヒュージアントは人を襲いに来てるから、ここらにはもう居ない。てことは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った人達をヒュージアントは追いかけている。と思うから、うちに帰るなら、いまのうちだと思う」
「なるほどなぁ。と言うことは、人を探すヒュージアントと遭遇戦になるかもしれないって事だな?」
「それもあり得るけど。てかさ……父さん武器無しで戦えんの?」

 俺が持つ日本刀は木刀に戻っているが、ヒュージアントの茶色い体液は付いたままだ。
 それを二人はジッと見ている。

「ああ、大丈夫だ。これでもビッグフットジャパンのエンジニアだからなっ!」
「アリと戦うのに関係ない気がするけど?」
「やかましいわ! ちゃんと新しいデバイスを持ち出してるし!」
「そういうの社則違反にならないの? クビになるんじゃない?」
「……さて、うちに帰るぞ! 待ってろよ、小春っ!!」

 ヤバい。元気良く早足になったのを見ると、いつもの厳しい父さんではない。
 もしかして俺を恐がらせないために強がっているのかもしれないけど……。
 母さんはそこまでじゃないけど、硬い笑顔で俺に微笑んでいる。

 そして、映画館を出ると、とうとう停電してしまった。

しおり