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 何のことはない。このテナント区画は東口にまで続いているので、ここを通ればいいだけの話だ。
 辺りの警戒は弛めず、さくさくと足を進める。

 今の爆風の影響か、服飾品などが全部同じ方向へ向いて床に落ちている。
 横目でそれを見つつ先を急いでいると、人が倒れていることに気づく。

「ちょっ!? 大丈夫ですか?」

 その人に駆け寄り、肩を揺すってみても反応が無く、意識がないようだ。
 ……いや、腹部に焼けて焦げ落ちたような大きな穴が開き、血まみれになった床が見えている。つまりこの人は死んでいるのだ。

【ブレインネットワークに接続します】
「えっ?」

 死んでいると思ったその人が、プロトタイプARCの文字と共に、うっすらと目を開けた。

【成功】
【修正プログラムのダウンロードを開始します】
【完了】
【デバッグモードを開始します】
【異常なし】


 視界に写る文字はARCのものだ。
 色々と気になるけど、目を開けたこの人はまだ生きている可能性があるし、……さすがに放っておけない。

【前方の人物はすでに死亡しています】
「は?」

 ARCには人工知能がインストールされているが、こんな文字を表示する機能は無いはず。
 ……プロトタイプだからなのか?
 もしかして、初期不良では無く、ちゃんと動いているのか?
 色々な疑問が浮かんでは消えていく。

 しかし、この人は目を開けたんだ。ARCの文字を信じて放ってはおけない。

「んぎぎぎっ!」
【無駄なことはやめてください。死亡した生命体は生き返りません】

 この人はまだ生きているかもしれない。そう思って抱え上げようとすると、再度ARCのメッセージが視界に浮かんだ。
 さすがにこれはおかしい。
 人工知能が能動的に話しかけてくるなんてあり得ないからだ。

【いま優先するべきは、クインアントを倒すことです】
【クインアントの魔法が、先ほどの爆発の原因です】
【強力な魔法を使い、その属性は火】
【彼はクインアントと戦い、そして死亡しました】
【戦闘に関してはこちらでサポートします】

 矢継ぎ早にそんな文字が流れ、ARCの人工知能はこの人を放っておき、クインアントを倒せと言う。
 だから音声入力を起動させた。

「クインアントを倒せって、どういう事?」
【倒さねばこの辺り一帯が異世界へ転移してしまいます】
「…………」

 なんかゲームをインストールしたっけ?

「そうなったら、俺らごと異世界転移するって事?」
【はい。しかし、そこで人類が生存可能かどうか不明ですので、現在ビッグフット本社のメインフレームで演算中です】

「メインフレーム? 端末のARCがそんな事出来るの?」
【ルート権限でブレインネットワークが完全に回復しました。現在は米国本社にある次世代汎用人工知能と繋がっています】

「……まあいい。クインだか何だか知らねぇけど、やってやるよ!」
【了解しました。クインアントは、彼の生死を確認するため、現在こちらへ向かっています。それに加え、配下のヒュージアントが人を殺害し、魂魄の収集が終わり次第、クインアントの魔法で異世界転移をするので急いでください】

魂魄(こんぱく)? 人工知能が人の魂を信じてんの?」
【はい。魂の存在は立証されています】

 ……情報量が多すぎる。少し整理しなければ。
 要はクインアントを倒さなければ、この辺り一帯がテレビで見た横須賀のようにクレーターになってしまう。
 そしてその行き先は異世界。

 ちょっと興味あるけど……。人工知能の話を信じれば、異世界で人が生存可能かどうか不明のようだ。
 まあ、暑かったり寒かったりなら何とかなるかもしれないけど、大気の組成が違っていたりすれば即死だろうし。

 しかし、このARCは、なんで突然人のような対応をするようになったんだ?

「ちょっと聞きたいんだけど、急に人間っぽくなったのは何で?」
【そこで死亡している方のARCから情報を抜き、エラーを回復させました】

 それだけで? プロトタイプARCだからなのか?
 ……訳わかんねぇな。それだけで人っぽくなるとか。いや、それは後回し。

 というのも、俺の視線の先に、天井に届きそうなくらい大きなクインアントがこちらへ歩いてきていたからだ。

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