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「そういや、あれもオレンジだったっけか」
 ふとリゲルが言って、ライラは「あれ?」と首をかしげたのだが。
「覚えてないか? お前が昔、花をくれたろう」
 言われたことに心臓が飛び出るかと思った。
覚えて、くれていた?
「無理もないか。お前、まだだいぶ小さかったからな」
 初めてリゲルが本格的な仕事に出る前に、まだ小さな子どもの手で渡した、ポケットに詰め込んでもってきた一輪の花。
「お、覚えてないっ!」
 ついそう言っていた。いまや一人前の庭師になっているリゲルに、少ししおれて歪んだ花をプレゼントしたなんて。
 確かに覚えていない部分もあるけれど。あれがなんの花だったのかとか。
 あのときなんの花が植えられていたかなんて、すっかり忘れてしまっていたし、今更父や母に訊いてもわかりやしないだろう。昔すぎて。でも花を渡したことはちゃんと覚えていたのに。
「そっか?」
 リゲルはおかしそうに笑って、そのあとすぐ話題は変わってしまった。
「そういえばもうすぐ試験だろう。勉強はどうなんだ?」
 助かったような、なんだか残念なような。少し腑に落ちない気持ちを感じながら、ライラは「ちゃんと勉強してるもん」などと答える。
 リゲルはその日も「家にメシがあるからな」と帰っていってしまった。でもその前にちゃんと、「今度ライラのご飯も食わせてくれよな。あのパイ包み美味いから」と言ってくれた。
 褒められたことが嬉しくて、ライラはにこっと笑って「うん。いい食材が手に入ったら言うね。そしたら、来て」と自分からお誘いしていた。

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