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新政府と妖怪の犬

 深雪は気になっていた鳳神社に向かう。近所の神社は何かのついでに立ち寄ってもいいスポットだ。異世界通りを挟んで反対側にある。

「雑貨店の深雪殿ではありませんか……?」

玄武隊を全滅させた政府軍のひとり、布良見斎(めらみいつき)が参拝に来ている。敵視するが戊辰戦争(ぼしんせんそう)は終わり戦うことはない。

「ここは玄武隊の元屯所……何しに来たんです?」
「貴女の許婚の慰霊ですよ。他に考えられます?」

不快な表情を相手に見られる。この男、慰霊と称して査察に来ているのはあからさまだ。取り繕いの文句が口から発せられる。

「……失礼。つい情報通だといらぬ言葉を吐いてしまう」

布良見は政府軍の参謀らしい。敵味方の名前と付随する者の名前を知る立場だ。玄武隊は全員玉砕をしているから、慰霊をするということは深雪の許婚の慰霊することにもなる。

「貴女は参加されなくて良かったですよ、大勢は決まっていて犬死ですから」
「犬死なんて……! わたしは隊長がああ言ってなければ、貴方たちを……!」

周囲の気温が下がり、布良見はブルっと震える。しかし妖しといえども政府軍には敵わないから、布良見の言うことも正しい。下がっていた気温は直ぐに戻る。

「……失礼また戯言(ざれごと)を申し……悪気はないのです。こうして敵味方なく逢えることがどんなに大切か」

軍靴の硬い音を立てて布良見が去っていく。深雪も目に涙を溜めて去っていく。ここまでだと何しに来たのか判らないが、深雪の想いは当たっている。神社の神職は深雪を見咎(みとが)め、許婚の話をするために深雪を追った。


 帰り道。異世界通りには判事の服を着た犬顔の妖怪が立っている。だがこの妖怪、閻魔庁から派遣されたものではなく、悪鬼のグループが雇った者だ。この悪鬼どもは言いがかりをつけ、同属であろうとも妖怪を痛めつけて弄ぶ。

有罪(ギルティ)

深雪は不思議そうな顔をしてこの悪鬼……犬神()きを見る。妖怪警官は最近全滅したばかりで取り締まりる者はない。深雪も閻魔庁に裁かれるようなことをした覚えはない。

「ニンゲンを連れてきた罪……」

深雪は思い当たる。鳳神社の神職が深雪の移動に混ざって、異世界通りに入ったに違いない。妖怪と同様、ニンゲンも用事がなければ妖怪世界には入れない。陪審法には抵触するが、そんな軽微な事は何度もしている。誰の不利益にもならないので、裁判になった例はない。

「仮にわたしに罪があるとしましょう……」
「何がいいたい……?」

布良見の件で心に暗い感情が湧き上がっている。八つ当たりでしかなくても、力が法律である妖怪の世界では正当なことだ。

「……貴方は、わたしに触れることすらできない」

目は澄んだ青。冷酷な視線が犬顔の妖怪に突き刺さる。
 犬神憑きの両の手が、蜥蜴(とかげ)の尻尾の如く切り離されて地面に落ちる。手は警察犬のような犬妖怪に姿を変わる。口を開くと狼の牙ほどの歯がびっしりと並んでいる。深雪をこの犬で取り押さえるつもりだ。

「その犬は木偶(でく)ですか? 生ける妖しですか?」
「妖犬なら倒さないと言いたそうだな。安心しろ、木偶……吾の分身だ」
「安心しました」

2匹の犬は飛び掛かるが、深雪のかざした手によって空中で凍結して落下する。犬神憑きは深雪の動作を予測していて、回り込む。

「捕縛術――十手」

深雪の手を十手で絡め、地面に繋ぎ止めようとする。ところが十手は砕け散り、犬神憑きは氷の結界の中に閉じ込められている。

「氷結樹――絶対零度(ゼロ)。明朝くらいには溶けると思います」

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