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第五話

「アン、昼飯それだけで足りるのか? オレのも食うか?」
 五人で食堂の一角を陣取り、やっと落ち着けると思いきや、マークはわたしの食事内容を見て自身のソーセージをわたしの皿に移動させる。
 パン二枚と山盛りサラダの何が不満なんだ。十代男子の胃袋とは容量が違うんだぞ。
「あっ、アンさん、それなら僕のスクランブルエッグも……!」
「ボクのヨーグルトもあげるよ〜」
「俺のパンもやる」
 マークに続いて、他の子どもたちまで、わたしの皿に盛り付けていく始末。
 あっという間に、わたしの食事は豪華なものになってしまった。
「あのねぇ……、わたしは君たちほど多くは食べられないの。それに、みんなのご飯が減っちゃうでしょ?」
「別に、これくらい大丈夫だ」
 わたしの優しい指摘を、即答して切り捨てるマーク。
 マークなりの気遣いなんだろうか、しかし、親切の方向性がいかんせんズレている気がしてならない。しかもマークはそれに気づいていない。
 ……厄介だ。
「あのさ〜、ずっと気になってたんだけど、マークくんはなんでアンちゃんについて回るようになったの? 演劇祭の準備が始まるまで、別に仲良くなかったよね?」
 唐突に、ノアが核心をついた。全員の視線がマークに集中する。
 視線の先にいる青髪の男は、咀嚼していたものをゆっくり飲み込んでから、口を開いた。
「女の子はお姫様なんだよ。でも、こいつは、『自分は姫じゃないから、女として扱わなくていい』とまで言った──だから、放っておけなくなった」
「…………」
 先ほどわたしにした説明と同じことを言うマーク。それに対して、みんなうんともすんとも返さない。一方で、マークは説明終わり、とでも言いたげに食事を再開した。
 ……いや、分からん。
 どうして女扱いしなくていいと断ったら、放っておけなくなるんだ。
 ていうか、十六歳に放っておけないと思われているのか……。
 ショックだ……。
「……女の子はお姫様って意見には賛成」
 沈黙を破ったのは、質問主のノアだった。
「……でも、アンちゃんが心配なら、ボクが代わりにお世話する。マークくんは安心してボクに任せてくれていいよ?」
 お役御免だね? と、ノアはにっこりとマークに笑いかける。マークはその笑顔に鋭い目つきで応戦した。
 ……お世話て。
 わたしの年齢を知っているはずのノアにすら、お世話すると宣言されてしまった。『子ども大人』とお父様に揶揄されるのも、納得の有様だ。
「アンさんのお世話でしたら、僕の方が適任です! ノアくんもマークくんも、お手数かけなくて結構ですよ!」
 コリンが挙手をして、参戦した──そりゃそうだ、彼はわたしのお目付役兼ボディーガードとしての役目も担っているんだから。
 ……お世話係は、仕事内容に含まれていないけど。
「どうしてコリンくんが、アンちゃんのお世話をするのに適任なの? アンちゃんと、どういう関係?」
 ノアがコリンに振り向いた。
「それは……!」
 そうだった、とわたしはハッとする。ノアに事情はあらかた説明したものの、コリンが使用人だとは話していないんだった。
 ノアだけにこっそり伝える分には構わないが、デリックやマークがいる場で使用人だと明かされるのはあまりよろしくない。
 コリンが困ったようにわたしに目で訴えてくる。わたしはぶんぶんと首を左右に振った。
「ぼ、僕とアンさんは……! その、えっと……!」
 頑張れ、コリン……! なんか、いい感じのでっち上げを思いつくのよ……!
 わたしは手に汗握って、コリンを見守る。彼は悩んだ末に、
「主従関係なんです!」
 と、宣言した。
「…………え?」
 みんなの目が丸くなる。わたしは頭を抱えた。
 そのまんまじゃない。
「……アンちゃんは、コリンくんのご主人様ってこと?」
「え、あ、えーと……」
 ノアがコリンに追及する。正確には、わたしの父がコリンの主人に当たるが、まあ、大体合ってる──とはいえ、それを認めるわけにはいかない。
「そ、そうよ! わたし、コリンと主従関係ごっこして遊んでるの! わたしが女王様で、コリンは、その……えっと……、そう、犬よ!」
 十六歳たちが、ぽかんとした顔でわたしを見つめる。冷や汗が流れた。
 何を言ってるんだろう……わたし……。
 コリンを犬呼ばわりして申し訳ない──後できちんと謝ろう。
「……わん」
 唖然とした空気の中、コリンが小さく鳴いた。わたしも泣きたい気分になった。
 何が主従関係ごっこだ。ただコリンをいじめているだけじゃないか。
「……お前、女王様だったのか……」
 ずっと無言だったデリックがボソリと呟いた──本気のトーンが心に突き刺さる。
「犬がいるなら、ボク、アンちゃんの猫になる〜! にゃんにゃん!」
 ノアが両手で猫の耳を作るポーズをとった──明るくふざけてくれたお陰で、凍った場が解凍されていく。
 何かを失った気がするが、なんとか乗り切った──
「いや、犬も猫も世話される側だろ」
 デリックがまともな突っ込みを入れてくる。
 やめろって。そういうの、求めてないから。ごっこ遊びだから。ごっこ遊びすら、嘘だから。
「……俺もやってやるよ、主従関係ごっこ。女王様なら、側近が必要だよな?」
 デリックがニヤリとして、わたしの側近に立候補してきた。側近の分際で、謎の上から目線。
 いいえ、募集しておりません。
「じゃあ、オレも執事で」
 マークも静かに、テキトーすぎるポジションで参加してきた。
 待って、待って。わたしは十六歳と主従関係を築きたいわけじゃない。
「従者がいっぱいできちゃったね、アンちゃん?」
 わたしが貴族であると知っているノアが、意味ありげに首を傾けて可愛らしい仕草をする。
 どうにか、このアホなグループを解散させなければ……!
「四人にお世話なんてされなくても、一人で大丈夫だから……!」
「一人ずつ交代制ってこと?」
 違う! 『一人で』っていうのは、『わたし一人で』って意味!
 都合よく解釈したノアが、十六歳四人の中でルールを決め始めた。
「これからは、アンちゃんのお世話は一日交代制だからね! マークくんから時計回りで、デリックくん、ボク、コリンくんの順番でルーティーンしていくこと! オッケー?」
 他の三人が「おー」と軽く了解の意を示す──唯一本物の従者であるコリンは不服そうだったが、これ以上意見するとボロが出そうなのか、大人しく従っていた。
 ──当の本人であるわたしを放ったらかしのまま、わたしのお世話係同盟が結ばれてしまった。

 十六歳って、本当に分からない……!

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