第四話
「それで、本題なんだけど……」
食べ終わったお皿も下げてもらって、優雅に食後の紅茶を楽しんでいる時、ノアが切り出した。
彼の鞄から取り出されたのは、一冊の魔法専門雑誌──嫌な予感がする。
ノアの手によってペラペラとページが捲られ、あるページを見開きにした状態でストップされた。
「これ、アンちゃん?」
ノアが指差す先には、わたしが半年前に寄稿した記事があった。寄稿したライターの名前は、「アン」。
「アンちゃんと同じ名前だよね?」
「さ、さあ? たまたま同じ名前の別人じゃない?」
「ふ〜ん」
わたしの下手くそな誤魔化しに、ノアは納得したような、してないような曖昧な相槌を返して、また別のページを捲り始める。
次はなんだ……?
「ここに、そのアンって人の著者近影も載ってるみたいだよ」
ノアの人差し指が示すのは、似顔絵師によって描かれたわたしの顔。そして、その下にアンという文字。
逃れられない証拠に、わたしは右手で額を押さえた。
すっかり忘れてた……!
この雑誌、最終ページにライターまとめるって言って、この回に寄稿したライター全員の顔と名前を載せられたんだった……!
そもそも魔法専門誌は対象読者がほぼ学者……! そんな難しい本、十代の学生が手に取ると思わないじゃない……!
「どこでこれを……?」
「図書室。ほら、デートの約束した後、ボク図書室に行ったじゃない。魔法の勉強している時に、偶然」
雑誌の裏表紙には、魔法学校の校章の印が捺されていた。学校の図書室のものである証だ。
「元々アンちゃんって、年齢不相応に大人っぽいから、おかしいなとは思ってたんだけどね」
「な、何が望み……?」
「待って、待って。そんなエッチな小説に出てくる屈服した女騎士みたいなこと言わないで」
ノアの例えが全く伝わらない。
「違うんだよ。アンちゃんは、年齢や家柄を偽ってまで、どうして魔法学校に入学したのかなって。何か事情があるなら、協力させてよ」
困り眉のノアが、上目遣いでわたしを見つめる。垂れた犬耳が生えているみたいだ──わたしはそのあまりのピュアさに目が眩んだ。
「……な……な……!」
──なんて、良い子なの……!
わたしは観念して、がっくりと力を抜いた。
「……わたし、十代の頃に、訳あって学校に通えなかったの……」
今度はわたしが過去を話す番だった──ノアは雑誌をカバンにしまって、前のめりの姿勢になる。
「だから、お父様から『社会性を身につけるために学校に入学しろ』って言われて……。十代の中に二十六として入りたくないし、貴族だって目立ちたくなかったから、隠していたの」
「その社会性って、どうしたら身につけたって証明できるの? 目に見えるものじゃないよね?」
鋭い。
「うん、友達を三人作るっていう指標があるわ。でも……クラスメイトが男子しかいないから、もう困っちゃって、困っちゃって」
ただでさえ、友達と呼べる人間がいないっていうのに。いきなり十個下の異性の友達を作れというのは、いささかハードモードすぎると思う。
「…………それさ、ボクをその一人にしてよ!」
「え?」
「ボク、アンちゃんと友達になりたい!」
思わぬノアの提案に、わたしは瞬きを繰り返すことしかできない。
「…………本当に、いいの?」
「あ、アンちゃんさえよければ、だけど……!」
ノアが慌てて言い直すが、わたしが気にしているのはそんなところではない。
「……だって、わたし……」
二十六歳だよ?
年齢を再度聞いても、ノアの意思は変わらなかった。
「さっきアンちゃんが言ってくれたよね? ノアはノアだって。ボクにとっても同じ。アンちゃんは、アンちゃんなんだよ。ボク、別にアンちゃんが同い年だと思ったから、友達になりたいわけじゃないよ?」
ついさっき放ったわたしのセリフをそっくりそのまま返されて、言葉に詰まってしまう。
「十六歳と二十六歳は友達になれないなんて、誰が決めたの?」
「そ……れは」
──わたしの負い目。
年齢を偽ってないと、学校で友達なんて、できっこないって。
ノアは微笑んで、右手を差し出した。
「アンちゃん。……ボクと、友達になってください」
「……はい」
わたしはその手を取った。
子どもなのに、わたしより大きな男の子の手が、温かい。
十六歳と握手するのは、これで二回目だ。
──それでも、やっぱり恥じらいは捨てきれなかった。