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コンビニおもてなしのいつもの光景と新しい光景

 オザリーナ温泉郷の開業初日は、滞りなく過ぎていきました。

 一番の成果は、やはり駅馬車でしょう。
 魔獣が多く生息している山間の街道を使っているにも関わらず、魔獣による被害が皆無だったどころか遅延すら発生しなかった次第です。
 何より、駅馬車に連結しています武装駅馬車が駅馬車を襲いにやってきた魔獣達をことごとく倒して回収してくれたおかげで相当な量のお肉を手に入れることが出来た次第です。

 一方、オザリーナ温泉郷の客の入りはと言いますと……正直、あまり思わしいものではありませんでした。

 それなりに宣伝も行ったのですが、定期魔道船がララコンベに発着しているものですから、
「はじめて聞くオザリーナ温泉とかいうところに行くよりも、慣れてるララコンベ温泉でくつろぐ方がいい」
 多くのお客様がそう言って、ララコンベで足を止められてしまっている次第です。
 
 確かに、温泉郷としての営業を行いはじめてから結構な日数が経っているララコンベですからね。
 これはその営業努力の賜物なわけです、はい。
 こればっかりは一朝一夕にどうこうなるものではありません。

「まずは、今日来てくださったお客様がまた来てくださるように、しっかりおもてなししないとね」
「はい、がんばりますわ」
 僕の言葉に、コンビニおもてなし6号店に夕食を買いに来ていたオザリーナは力強く頷いていました。

 客の入りはいまいちだったオザリーナ温泉郷ですが、その中でお店を開いていますコンビニおもてなし6号店はそれなりに繁盛しています。
 1週間ほど前からオープンしている6号店には、オザリーナ温泉郷で働いている皆様が多く通ってこられています。
 そんな皆様相手の商売で、それなりの売り上げがあがっているんですよね。
 さすがに初期投資を一気に回収出来るほどではありませんが、とりあえず赤字は出ないレベルを維持出来ている感じです。
 新店長に抜擢されたチュパチャップも
「まだまだこれからです、頑張りますよ~!」
 単眼族特有の一つ目を輝かせながら気合いを入れていた次第……なのですが……

「ひゃあ!? またすっころびましたぁ!?」
「きゃあ!? アレーナさん、今日はズボンだったのにぃ!?」
 とまぁ……アレーナさん対策でズボンをはいて勤務していたチュパチャップの、そのズボンをおもいっきり刷り下げてしまったアレーナさん……しかも、今日は下着にまで指がかかっていたらしく、相当危険な状態といいますか……

 うん……ある意味コンビニおもてなし6号店の名物になりつつある、このアレーナさんのすっころびですが……ちょっと本格的になんとかしないといけません……確かに、一部にそれを目当てに来店なさっているお客様も無きにしも非ずとはいえ……

◇◇

 とりあえず、オザリーナ温泉郷の営業がこうして始まったことを受けまして、僕はガタコンベにありますコンビニおもてなし本店の営業に戻ることにしました。

 アレーナさんの問題こそありますけど、それ以外は特に問題なく稼働している6号店です。
 この調子ですと、一気にお客さんが増えることもなさそうですしね。

「ビナスさんおはようございます」
「店長様、おはようございます」
 夜明け前の厨房に顔を出した僕は、いつものように、僕より少し早く出勤して調理を始めてくれていた魔王ビナスさんに挨拶しました。

「昨日は自宅で少々お祝いをいたしましたの」
「お祝いですか?」
「はい、なんでも旦那様が何かの審査を通過したとかで」
「へぇ、そうなんですね。それはおめでとうございます」
 よくわかりませんが、魔王ビナスさんの内縁の旦那さんに何かいいことがあったみたいですね。
 ご機嫌な様子で鼻歌を歌っいながら鍋を振り回している魔王ビナスさんを、僕は笑顔で見つめていました。

 ……いつもの光景とはいえ……僕の3分の2程度の身長しかない小柄な魔王ビナスさんが、ご自分の体が3つくらいすっぽり入るんじゃないかってくらいの大きさの中華鍋を軽々とふるっている光景には、圧倒されてしまう次第です。

 そんな魔王ビナスさんの様子を、厨房に入ってきたアルカちゃんが、
「わ、私もあれぐらい出来るようにならないと、リョータ様のお嫁さんになれないアル」
 そんな事を言いながら唇を引き締めていたのですが……そんなことを言っていたら、リョータが一生独身のままになってしまいそうなので、魔王ビナスさんが特別だってことを理解してもらおうと思っている次第です。

 ヤルメキスとケロリンの通い組も到着し、厨房にいつものメンバーが揃いました。
 そこで僕達は、すぐにいつもの作業を開始していきました。

 僕と魔王ビナスさんは、お弁当とホットデリカ、それに店頭販売するスープなどの準備。
 ヤルメキス・ケロリン・アルカちゃんは、ヤルメキススイーツの作成。

 以前はここでテンテンコウ♂のパン・サンドイッチの作成も行われていたのですが、パン工房がララコンベにあります5号店の地下に移動していますので、ここではやっていません。

 スアが作成した薬類や、ルア工房製の武具・ペリクドガラス工房のガラス製品・テトテ集落の果物や衣類は地下の倉庫に保存してあります。パン類も、もうじきここに届くはずです。
 地下倉庫は2部屋ありまして、1部屋が常温倉庫、もう一部屋が冷蔵倉庫になっています。
 もちろん薬類はすべて常温倉庫に保存されています。
 毎日倉庫一杯になるほど商品が運び込まれているのですが、それを各支店行きの魔法袋に詰めていくと、あっというまに綺麗さっぱりなくなってしまいます。

 以前は、それなりの料が在庫として残っていたのですが、最近はすべてが出払っている次第です。
 それだけ、どの店も売り上げが好調ということなんですよね。

 特に、辺境都市ナカンコンベの5号店がすごいです。

 ブラコンベ辺境都市連合に所属している辺境都市とは規模が桁違いなナカンコンベで営業していますコンビニおもてなし5号店ですが、コンビニおもてなし本支店の総売上のほぼ半分を単体で稼ぎ出してくれています。
 つまり、この5号店のおかげでコンビニおもてなしの総売上がほぼ倍になった計算です。

 この勢いに乗じて、さらに大きな都市に出店を……と、いきたいところなのですが……話はそう簡単にはいきません。

 先ほども申し上げましたように、1日に納品された品物は、今の本支店に供給するだけですべて無くなっているわけです。
 つまり、これ以上大規模なお店が増えた場合、そこに商品を供給するだけの余力が、今のコンビニおもてなしにはないんですよね。
 
 ルア工房も、最近はナカンコンベに進出して建物工事などの仕事を多く手がけている関係で、武具の生産量をいきなり増やせる状況にありません。
 ペリクドさんのガラス工房にしても、ガラス製品の作成には熟練の技術が必要になりますので、人員を増やしたからといってすぐに増産出来るわけではないわけです。
 テトテ集落にしても、果物類はともかく、ようやく増産体制が整ったばかりの衣類をさらに増産となると……

 そんな中、薬を生成してくれているスアだけは
「……任せて、今の10倍でもいけるわよ」
 そう言いながら親指を立ててくれていた次第です。
 ホント……頼もしい奥さんです、はい。

 まぁ、そこは新店舗の検討をしてくれているブリリアンとも相談しながら、焦らずにやっていこうと思っています。

 こんな感じで……気が付けばコンビニおもてなしも経営が安定して、結構な収益を上げることが出来るようになっています。
 品物を納品してくれている皆さんも相乗効果で収益があがっています。

 オザリーナ温泉郷に関しては、まだまだこれからでしょうけど……オザリーナが一生懸命頑張っていますしね、何かきっかけがあれば一気にブレイクするんじゃないかな、と思ったりしている次第です。

 僕は、そんな事を考えながら、荷物を詰め終わった魔法袋を確認していました。

 もうじき、ハニワ馬のヴィヴィランテスがこの魔法袋の運搬のためにやってくるはずです。

「よし、こんなところだろう」
 確認を終えた僕は、大きく頷きました。

 その時です。

「て、て、て、店長さ~ん、た、大変ですぅ!」
 そう言いながら、倉庫に駆け込んで来たのは他でもない6号店の店長のチュパチャップです。
「ど、どうしたんだチュパチャップ!? 連続500回更新記念回を綺麗にしめることが出来ると思ったのに」
「そんなことよりも、ちょっと大変なんですよぉ」
 僕の言葉になんの突っ込みもしないまま、チュパチャップは僕の手を引っ張っています。

 そんなチュパチャップとともに、僕は駆け出していきました。

 どうやら、501回目も波乱な展開から始まりそうですね……

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