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コンビニおもてなし6号店とオザリーナ温泉郷 その2

 踊り子のシャラと名乗ったその女性は、私を見つめながら笑顔を浮かべ続けておられます。
 馬車の操馬台に座っている吟遊詩人のレイレイも、笑顔で僕に頭を下げています。
 
 そんな2人を交互に見つめた僕は

「営業……ですか?」
「そう、営業よ。このオザリーナ温泉郷って近日オープンするんでしょ?」
 そう言いながらシャラは、オザリーナがどこかの商店街組合に配った物と思われる出店者募集のチラシを僕に見せてきました。
「えぇ、近日中にオープンの予定ですけど……」
「ならぜひ営業させてくださいな! アタシ達、頑張っちゃうからさ!」
「営業と言われましても……何をなさるのですか?」
「え~? わっかんないかなぁ?」
 そう言うと、シャラは僕の目の前で体を妖艶にしならせていきました。

 シャラもレイレイも、見た感じまだ20才にはなっていない感じです。
 まぁ、この世界では15才で成人扱いみたいですので、ともにその年齢はクリアしているようではありますけど……

 で、2人とも幼い顔達の割に、かなりボンキュッボンなスタイルをしています。
 そんでもって僕の前でこんなダンスを披露するということは……ひょっとしてあれですかね、風俗といいますか、そういった類いのお店ってことなんでしょうか?

 ナカンコンベの風俗街には、僕の世界で言うところのストリップ劇場のようなお店もあります。
 シャラ達は、そういったお店をしたいのかもしれません。

 ですが

 このオザリーナ温泉郷を建設する際に性的なお店やサービスは行わないことにしようと、オザリーナとも話し合いをして決めている次第です。

 そういうサービスを始めてしまうと、そういうサービスを目当てとしたお客さんしかこなくなってしまう可能性が無きにしもあらずです。
 確かに、一時的な集客は見込めるでしょうけど、それによって都市の治安悪化が懸念されますし、そのせいで一般客が減ってしまっては元も子もありませんし、他にも色々問題が起きかねないわけです……ポルテントチーネみたいな連中が他にもいないとは限りませんしね……それにポルテントチーネ本人がこのままおとなしく……あ、いえ、なんでもありません。

 そのため、オザリーナ温泉郷の隣にあります辺境都市ララコンベでもそういったサービスは行っていません。
 この一帯にあります辺境都市連合の中で風俗街があるのは、もっとも大きい辺境都市のブラコンベだけです。

 そのブラコンベでも、その風俗街の治安を維持するために24時間体制で風俗街専属の衛兵を雇って自衛していますし、働いている店員達の健康チェックも欠かしていないわけです……その健康チェックを行っているのって、おもてなし診療所を担当してくれているテリブルアが、週に1回出張サービスしてくれているんですけどね。

 と、まぁ、そんなわけで、
「そういう類いのお店はちょっと……」
 と、僕が言ったところ、
「あぁ、違うの違うの、そういうエッチぃのはむしろ私達もお断りなのでぇ」
 シャラは、慌てた様子で首を左右に振っていきました。

「アタシ達がやりたいのは、歌と踊りを売りにした酒場なのよ。もちろんお障りもエッチィサービスもお断りで」
「あ、そうなんだ」
「そうそう。だってアタシ達、そう言ったお店が嫌で辞めてきたっていうか、まぁ、そんなわけなのよ」
 シャラがそう言うと、馬車の中からぞろぞろと人が降りてきました。

 全員女性ですね。
 人族はいない感じです。
 シャラも、猫系の亜人な感じですし、レイレイも犬系の亜人な感じです。

 で、

 そのみんなは僕の前に集合すると、
「「「どうかよろしくお願いいたします」」」
 一斉に声をあげて、同時に頭をさげました。

 ……そうですね。

 確かにオザリーナ温泉郷はお店が不足しているわけですし、歌とダンスなら問題ないですし、それに、こうしてわざわざやってきてくれたわけですしね。

 ……ただ、さっきシャラが
『そう言ったお店が嫌で辞めてきたっていうか』
 そんな事を言っていました。

 ひょっとしたら風俗街絡みで訳ありな人もこの中に含まれている可能性がなきにしもあらずかもしれませんね。そういうお店が嫌で逃げて来ているとか……

 これは事前に、ナカンコンベの風俗街の顔役をしている、狐楼閣(ころうかく)の店長エラネラに相談して意見を聞いておいた方がいいかもしれません。

◇◇

 そんな訳で、とりあえずみんなを敷地内へと案内しました。

 シャラ達は、お店を建てることが出来るほどのお金を持ち合わせていませんでした。
「大丈夫、アタシ達はこれで商売してきたからさ」
 そう言うと、シャラ達は温泉宿の近くの空き地に馬車を並べていきました。
 その馬車を組み合わせ、天井部分から梁を伸ばし、その上に布を被せ……と、手際よく作業をしていきまして、あっという間にその一角にちょっとしたテント小屋を作り上げた次第です。

「へぇ……こりゃ大したもんだ」
 そのテントの中には、板張りの床が出来ています。
 その床の上に椅子とテーブルが並べられていて、連結してある馬車がステージになっています。
 そのステージの右と左の端が料理や酒を出す屋台になっています。

 作りはやや荒いものの、なかなかよく考えられていますね、これは。
 荒い部分に関しては、ルアに手直しをしてもらえばなんとかなるでしょう。

 オザリーナが起きて来たら改めて相談する予定にはしていますけど、これなら問題ないと思われます。

「じゃあ、アタシ達は一休みさせてもらうね。夜通し街道を駆けてきたからみんな疲れててさ」
 そう言うと、シャラ達はみんな板張りの上に横になり始めました。
「おいおい、ここで雑魚寝かい?」
「うん、そうだよ」
 僕の言葉に、あくびをしながら応えるシャラ。

 う~ん……さすがにこれは可愛そうかな……

 そう思った僕は、出来たばかりのコンビニおもてなし保養所をみんなに開放することにしました。
 シャラ達は総勢12名です。
 保養所は1部屋4人まで入れて、2,3階合わせて10部屋ありますので、そのうちの3部屋を使ってもらうことにしました。

「うわぁ!? ホントにここ、使っていいの!? あ、でも、お金あんまりないよ、アタシ達」
「今日のところはサービスしとくよ。お店が軌道にのったら、僕のお店で買い物してくれればいいからさ」
「うわぁ! ありがと! アンタいい男だねぇ! ……独身?」
「いや、結婚してます」
「……ちっ」
 僕の返事に、悔しそうに舌打ちしたシャラは、
「あ、奥のお風呂も使っていいの?」
 めざとく温泉を見つけてそう言ってきました。
「あぁ、もちろん」
「うわぁ、ありがと~!」
 僕の言葉を聞くやいなや、シャラ達は一斉にお風呂に向かって駆け出していきました。

 その後ろ姿を見つめながら僕は、
「……なんか、賑やかな連中がやってきたなぁ」
 と、呟きました。

 ただ、お店が少なくてどうしたもんか……と、悩んでいた気持ちが、どこか吹っ切れた気がしたもの事実です。

 ……シャラ達みたいに、とにかく前を向いて頑張るのもありかもな

 そう思った僕は、6号店の外へと出ていきました。
 すると……なんでしょう、城門の方からまた声が聞こえてきました。

 慌てて城門の外へ顔を出すと……そこにいたのは
「はぁい、店長さん、あなたのドンタコスウコ、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~んなのですねぇ」
 ドンタコスウコ商会のドンタコスウコでした。
 しかも、ドンタコスウコが乗っている馬車の後方にはかなりの荷馬車が列を成しています。
「ど、ドンタコスウコ、これは?」
「はいですねぇ、知り合いの商会に片っ端から声をかけましてですねぇ、ここオザリーナ温泉郷へ出店したいって人達を集めてきたんですねぇ」
 ドンタコスウコはそう言いながら笑っています。

 僕は、その列を笑顔で見つめていました。

 その列は、相当長いです。
 これは、1店や2店の騒ぎではなさそうです。

「ドンタコスウコ……どうお礼をいったらいいやら」
「何をおっしゃいますですかねぇ。いつも儲けさえてもらっているのはこちらですしねぇ……今度ファラさんにちょこっとおまけするようにお口添え願えたら幸いですねぇ」
 僕の言葉に、ドンタコスウコはそう言いながら、いつものようにニヒニヒ笑っていました。

 どうやらこれで、オザリーナ温泉郷も開店の目処がたちそうです。

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