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第44話 お客様の貴重なご意見を今後の我が社の炎上に役立てて参ります

「皆さん、食事はお済みですか」天津が運転席のドアを開けて声をかける。「狭いところですみません」
「はいっ、いえいえっ」結城は肯定の返答と否定の返答を返した。
「僕は今から社の方に連絡を入れて、これからの事を相談してみます。下りても大丈夫だろうという事になれば、また迎えに来ますので、それまでは待機していて下さい」天津は三人を見回しながら告げた。
「車の中にいなければならないのですか」本原が質問する。
「いえ、中にいても外にいても、どちらでもいいですよ」天津は微笑む。「ただまあ、余り離れたり、洞窟の様子を見に行ったりとかは、しないでいただければ」
「わかりました」
「わかりました」
「わっかりましたあ!」
 三人の承諾の返事の中、天津は運転席ドアのポケットに突っ込んであったタブレット端末を取り出し、もう一度にこりと笑うとドアを閉めエレベータの方へ走って行った。
「あれで、会社の回線に繋げて会議とかするのかな」結城は小さくなってゆく天津の背を見送りながら言った。
「洞窟の中の様子を動画で送るのでしょうか」本原がオレンジジュースを飲みながら言った。
「回線を通じなければ様子がわからないのか」時中が疑問を口にした。「神ならばこの世の現象はすべからく手に取るようにわかるものではないのか」
「本当だ」結城は脳みそに灯りがともったかのように目をぱちくりさせた。「神様ならWi-Fiなんて必要なさそうだけどねえ」
「では通信以外の目的で使うのでしょうか」本原が小首を傾げる。
「あのタブレットを?」結城が親指で天津が立ち去った方向を指す。「何に?」
「例えば、スサノオ様に対抗できるような武器にするとか」本原が考えを述べる。
「あのタブレットを?」時中が眉をしかめる。「どうやって?」
「そりゃあれだよ、時中君」結城がフォローを入れる。「スサノオが岩転がしてきたら、あのタブレットですぱーって縦割りにしてさ、あと雷落してきたらあのタブレットでさっと頭を守って、そいでスサノオがついに姿を現した暁には、あのタブレットで奴の頭をごすっ、ごすって」結城は架空のタブレットを持つ手を空中に振りかざす。「角で」
「原始的すぎて話にならん」時中はげんなりした顔で首を振る。
「大丈夫です」本原は結城に向かって告げた。「スサノオ退治はホモ・サピエンスがやりますから、ネアンデルタール人は黙って見てて下さい」
「ネアンデルタール人って、俺のこと?」結城は自分を指差して訊いた。
「はい」本原は頷く。
「時中君。俺、ネアンデルタール人って言われた」結城は時中に報告した。
「哺乳類なだけましだ」時中はコメントした。

     ◇◆◇

「時中」スサノオは比喩的にメモを取った。「こいつは頭でっかちで、機動力に欠ける、と。もう少し身軽にさくさくっと動けりゃな」
 ぴちょん、と水の滴る音が聞こえる。
「本原」またスサノオは比喩的にメモを取る。「紅一点で頑張ってるが、何しろこの子は表情に欠ける。愛想なし。コミュニケーションスキル、ゼロ」
 ぴちょん。
「結城」さらにスサノオは比喩的にメモを取る。「応用とハッタリは効くが、基本をすぐに忘れる」
 ぴちょん。
「まあ要するに、馬鹿野郎ってことだな」溜息混じりにまとめる。
 ぴちょん。
 その時、エレベータのドアが静かに開いた。

「この辺で、いいですか」天津はタブレットの前面を自分の眼の高さの岩壁に押し当てて確認した。
 エレベータから降りてすぐの所だ。
「うん、OK」鹿島が返事をする。「じゃそのまま動かないでね」
 天津は言われた通り、タブレットを岩壁に押し当てたまましばらく待った。沈黙は数十秒の間、続いた。
「あー、いたいた」やがて鹿島が声を挙げた。
「いましたか」天津も顔を上げ声を挙げる。「スサノオ」
「うん。すごいなこいつ、地球からも姿見えなくさせるなんて」鹿島は首を振る。
「めっちゃステルス性能高いすね」伊勢が興奮気味に続く。
「こいつ自身で空洞作ってたんだな。地球の真似事か」鹿島が解説する。

「よくわかったじゃん」スサノオが叫ぶように声をかけてきた。
 神たちは一斉に、警戒態勢に入る。
「丁度よかったよ。あんたらのとこの新入社員、フィードバック用に評価まとめてやったからさ、使えば」
「何」
「フィードバック?」
「うちの新人の?」神たちは突拍子もないスサノオからの提言に、一瞬気を抜かれた。
「あつっ」その直後、天津が叫んでタブレットから手を離し、地面に落下しそうになるそれを慌てて別の方の手で受け止めた。
「あまつん」
「どした」
「大丈夫か」神たちは驚き天津に声をかけた。
「あ、はい、すみません……突然タブレットに電気みたいなのが走って」天津はぺこりと頭を下げる。
「データ送っといたから」スサノオが状況説明をする。「見といて、研修担当」
「お前に指図される謂れはないぞ」天津は刺激を受けた側の手を振りながら怒って言う。
「まあまあ」だがスサノオはどこ吹く風といった様子だ。「新人それぞれの今後の課題も含めて、業務遂行にあたり注意した方がいい点とかもピックアップしてるからさ。無償でやってんだぜ俺。すげえ優しいと思わない?」
「誰がいつ頼んだんすか」伊勢は陰口のごとく密かに毒づいた。
「俺は親切心で言ってんだよ」スサノオはひるみも臆することもせず、堂々と言い募った。「今のままじゃあ、新日本地質調査の将来を考えたときにいささか危ういものを感じざるを得ないから、こうして今のうちに、若い芽のうちに、改善できるところはしていこうじゃないかと、提案してるわけさ」
「危うくしてるのは誰なんだよ」大山が苦笑混じりに訊く。「うちの将来を」

     ◇◆◇

「あれっ」地球は比喩的にびっくりした。「いたの?」
「へえー」鯰も物珍しげに声を挙げる。「岩っちの目を盗んで洞窟の中に隠れるなんて、なかなかのもんだねえ」
「うーん」地球は比喩的に考え込んだ。「なんで?」
 しかし答えはすぐに出た。この場合、地球の時間のスケールでいうと、ほとんど“瞬時”といえるほどの短い時間をおいて、答えは出たのだった。
「ははあ」地球は、比喩的に頷きを繰り返した。「こいつは、神じゃないな」
「え、そうなの?」鯰が驚く。
「うん。大方コアかマントルからリソスフェアに流出した組成物が、なにかの拍子で常軌を逸した化合サイクルに乗っかって出来上がったものなんだろう」
「へえー……じゃあこいつは?」鯰が訊く。
「こいつは、出現物だ」地球は答えた。「スサノオではないよ」

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