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結人と夜月の過去 ~小学校三年生⑨~




「最後は夜月だぜ」
結人が戻ってくる姿を見て、なおも俯き黙ったままでいる夜月に向かって未来は口を開く。 理玖のもとへ行くよう促すが、夜月は何も発さず動こうともしない。
「行ってこいよ」
「・・・」
更にもう一言加えるが、それでも動こうとはしなかった。 
ここまで何も言葉を発さないとなると流石の未来でも怒りそうになるが、今の夜月の気持ちを察してしまうと強い口調では何も言うことができなくなる。
「夜月ー!」
結人がみんなのもとへ着くと同時に聞こえてきた、理玖の声。 
その方へ目をやると、なかなかやって来ない夜月を見て待ちくたびれたのか、彼は自ら走ってこちらへ向かってきていた。
それを見た未来は心の中で小さく溜め息をつき、この場にいるみんなに声をかける。
「じゃあ、俺たちが移動するか。 ユイ、戻るぞ」
「あ、うん」
折角今こちらへ戻ってきたのに悪いが、この場には理玖と夜月だけを残そうと、未来は積極的にそう口にしこの場から離れようと促した。
結人はよく分からず曖昧な返事をしてしまうが、夜月と理玖の二人を見てすぐに察したのか、この場から去っていく未来と悠斗の後ろを素直に付いていく。
「ありがとう」
丁度すれ違うタイミングで理玖から小さな声で礼を言われると、未来は泣いたせいで真っ赤になっている目を少し細め、優しい表情だけを返した。

理玖は未来たちの気遣いに心から感謝しながら、最後の相手と向き合う形をとる。 
夜月は最初にいた時から全く動いていなく、桜の木にもたれながらずっと俯いた状態でいた。 
だから待っていても仕方がないと思ったのか、理玖は無理に笑顔を作り、いつもの調子を保ちながら先に口を開いてくる。
「えっと・・・。 きっと未来よりも、夜月の方が怒っているよね?」
「・・・」
ここで自分がこの場に合わせて低いトーンで話してしまうと更に空気が悪くなると思ったのか、このまま普段の調子を保ち続けた。
「転校すること、言うのが遅くなって本当にごめん! 言う勇気が、全然出なくて・・・」
「・・・」
なおも黙ったままでいる夜月を見て少し怖気付いた様子を見せるが、それでも必死に頭を働かせ言葉を探し、沈黙をできるだけ作らないよう心がける。
「僕、夜月と出会えてよかったよ。 出会ったのは・・・幼稚園の時だっけ。 僕たちは幼稚園の頃ずっと同じ空間にいたのに、実際に仲よくなったのは年長の時からだったよね。
 僕と友達になってくれてありがとう。 夜月のおかげで、未来や悠斗とももっと仲よくなれた気がする」
「・・・」
ここまで話しても沈黙を黙り続ける夜月。 
口を開かないだけでなく一度も顔を上げていないため、彼はこの場から何度も逃げ出しそうになるのを何とか堪えている。
それでも話は続かせようと、キョロキョロと辺りを見渡し何かネタになるものがないかと考えながら、続きの言葉を口にした。
「夜月は、我儘な僕にいつも付いてきてくれていたよね。 夜月と過ごした日々は、毎日が本当に楽しかった。 いつも僕に笑顔をくれていた夜月には、感謝し切れないよ」
「理玖」
「ん?」
突然名を呼ばれた理玖は、まさかここで口を開いてくるとは思わなかったのか少し間抜けな声を出し、その拍子で夜月の方へと視線を戻す。
そこで目が合った瞬間―――――彼は言葉が詰まり、何も言うことができなくなった。 
夜月は――――木にもたれかかるのを止め自分の足でその場に立っており、顔を上げて理玖のことをしっかりと見ているものの――――

その目からは、たくさんの涙が溢れ出ていたからだ。

その姿を見て何を言ったらいいのか分からず困っている彼に、今度は夜月から言葉をかけた。
「俺は、理玖がいないと駄目だ!」
ハッキリとした気持ちを聞き理玖は内心少し嬉しく思ったようだが、無理に笑顔を作り否定する。
「夜月、何を言っているの。 結人や未来、悠斗がいるじゃないか」
「違う。 理玖じゃないと駄目なんだ。 未来たちは、理玖の代わりになんてなれない」
「・・・」
嬉しい気持ちとは裏腹に、いい返事が見つからず彼は黙り込んでしまった。 
だがそんなことにはお構いなしに、夜月は涙を流しながら自分の気持ちを素直に打ち明けていく。
「どうして転校するのが理玖なんだよ。 どうして今なんだよ! どうして・・・俺から、離れていっちまうんだよ」
「・・・ごめん」
ここで、ある話を持ち出した。

「理玖は気付いていたんだろ! 俺と色折は、いい関係じゃないっていうことに」

「・・・まぁ」
少し感情的になってしまっている夜月を見て罪悪感に包まれた理玖は、余計な発言をすることができなくなったのか最低限の返事をする。
「そのことを分かっていながら、理玖は俺と色折を無理に一緒にいさせていただろ」
「ごめん、それは本当に悪いと思ってる! 僕のせいで、結人だけじゃなく夜月にも苦しくて嫌な思いをさせていたんだもんね・・・」
それに対し素直に謝りを入れてきたが、今度は夜月がその発言を否定した。
「俺たちの気持ちなんてどうでもいい。 理玖が俺たちを無理矢理一緒にいさせていた本当の理由。 あるんだろ」
「・・・」
何も言えなくなってしまっている彼に、分かりやすく丁寧に言葉を紡いでいく。
「俺は罪を犯した。 人としてはやってはいけないことをしたんだ。 もちろんこれは、許してくれだなんて思っていない」
これは――――結人を病院送りにさせてしまったこと。 事故ならまだしも、これは意図的にしたことであるため、簡単に許されることではなかった。
そして続けて、夜月は言葉を綴っていく。
「だけど俺は、未だに色折に謝ることができずにいるんだ! 
 謝らないといけないって分かっているのに、何故か素直に謝れない自分もいて、もう訳が分かんなくなって・・・余計に、謝ることができずにいる。 
 この俺の気持ち、理玖なら知ってんだろ!」
「・・・」
理玖はその発言に対して、首を横に振ることも縦に振ることもできなかった。 そして夜月は一つの答えを導き出し、躊躇いもなく言い放つ。
「そんな俺のために・・・俺と色折がより気まずくならないように、無理矢理俺たちを一緒にいさせていたんじゃないのか!」
「まぁ・・・。 間違っては、いないかな」
「ならどうして! どうして俺をこのまま放置していくんだ! だったら最後まで見届けてくれよ! 俺はどうやって罪を償えばいいんだよ!」
「・・・だったら」
「・・・?」
感情的になっている夜月とは反対に、理玖は冷静な口調でその一言を返した。 いきなりの変化に、思わずその調子に合わせてしまう。
そして彼は、優しい表情を見せこう口にした。

「だったら、結人と仲よくしてあげて」
「は・・・。 今更、何を言ってんだよ。 それだけのことで、アイツが許してくれるとでも」
「うん、許してくれるよ」
「ッ・・・」

まだ言い終えてもいないのに、理玖は断言する。 そして少し視線をそらし、続きの言葉を口にした。
「というより、許す許さないの問題じゃない。 結人なら絶対。 いや・・・結人なら必ず、夜月のことを受け入れてくれる」
「どうしてそんなことが言える?」
なおも顔を背けながら、更に言葉を紡いでいく。
「結人が夜月をどんなに嫌っていようとも、どんなに恨んでいようとも、最後は必ず夜月のことを受け入れてくれる」
「だからその根拠は!」
強めの口調で尋ねると、理玖はやっと夜月と目を合わせてきた。 そして――――どこか寂しそうな表情をしながら、決定的な一言をここで言い放ったのだ。

「だって・・・夜月いわく、結人は偽善者なんだろ?」

「ッ・・・!」

夜月がその言葉を聞き返事に詰まっていることを確認すると、更に苦笑しながら一言を付け加える。
「だから絶対、大丈夫だよ」
「・・・」
それを聞いた瞬間、夜月は何故か悔しい気持ちに襲われ歯を食いしばった。 この場を必死に耐えるよう、全身に力を入れ震える身体を無理矢理制する。
本当は色々と言い返したいのだが、理玖の言っていることは間違ってはいないため、反論することができない。 
『色折は偽善者だ』と先に口にしたのは確かに夜月であり、それを今更否定することも撤回することも、自分が負けたように感じるためできなかった。
そんな複雑な気持ちが重なり合い何も言い返せずにいると、理玖は少し明るい話題を持ち出してくる。
「それに、僕たちはもう会えないわけじゃない。 またいつか、僕は横浜に戻ってくるよ」
「それはいつだ?」
「分からないけど・・・大人になったらかな」
「大人って何歳のことだ!」
夜月は必死に冷静さを保ちながら言うが、その発言には少し怒気が混ざってしまい、それに怖気付いたのか理玖は思わずおどおどとした口調になってしまった。
「え、えっと・・・18歳以上、かな?」
「必ず横浜へ戻ってくると言い切れるのか!」
「・・・」
横浜へ戻りたいというのは本望だが、言い切れるのかどうかと問われると話がまた違ってくる。 
ただの口約束とは言え、今目の前にいる相手が夜月だからこそ、曖昧で適当な返事はしたくなかったのだろう。 だからどうしたらいいのか分からず、彼は素直に黙り込む。
その姿を見ると夜月は一つ溜め息をつき、力強い言葉を発した。
「分かった。 理玖、一発殴らせろ」
「ッ・・・。 ・・・うん、いいよ。 ・・・来い!」
殴られたくはないがここは言い返さず素直に受け入れた方がいいと思ったのか、理玖は耐えられる態勢になり殴られる覚悟を決めた。
だがその行為は――――夜月の次の一言で、意味のないものとなる。
「違う、今じゃない」
「え?」
そして――――夜月は落ち着きを取り戻し、先程とは全く違う口調で、丁寧かつとても冷静に言葉を紡ぎ出した。

「もしまた、次会うことがあったら。 その時に一発殴らせろ。 殴られたくないから戻らない、っていうのはなしだ。 
 今俺が思っている、すげぇ辛くて寂しくて苦しいこの気持ちの倍・・・いや、何倍にもして、理玖にも味わわさせてやる」

この言葉を聞いて、理玖は怖くなって今よりも泣き出すのだろうか。 それとも、反論してくるのだろうか。 この場から逃げるのだろうか。
そのようなことを考えながら、相手の返事を待っていると――――理玖は想像もしていなかった反応を、夜月に見せてきた。

「うん、分かった! 楽しみにしているよ」

とても嬉しそうに笑いながら――――そう口にしたのだ。 この時の夜月は、彼がどうしてそのような反応をしたのかよく分からなかった。
普通ならそう言われ、怒ってきたり反論してくるのが当然だと思っていたのだが、理玖だけは違う。
もしかすると――――“もう一度、夜月は僕に会ってくれる”と素直に解釈し、喜んでいたのかもしれない。
予想もしていなかった反応をされ少し唖然としていると、理玖はそんな夜月のことを気にも留めずに、この調子のまま続けて言葉を紡ぎ出した。
「あ、そうだ! 夜月に渡したいものがあるんだ。 はい、これ!」
そう言って、自分の手提げから一つの手帳を取り出し両手で手渡してくる。 
大きさは普通のものと比べて小さい方で、今履いているズボンのポケットに入れると丁度いいくらいの大きさだった。
色は黒で、夜月が持つと夜月のイメージカラーにとても合っている。 夜月はその手帳を受け取り、そっと中を開いてみた。
そして目の前に飛び込んできたものを見て少し目を丸くすると、小さな声で理玖に向かって尋ねかける。
「これ・・・。 他のみんなには?」
「渡していない。 夜月だけだよ」
今受け取った小さな手帳の中には――――とても小さな写真が、いくつも貼られていた。 
それだけでなく各ページの周りにはお洒落に模様が描いてあったり、理玖からのコメントが入っていたりと手作り感満載のもの。 この世にたった一つだけの、手帳だった。
写真はほんの数枚でなく――――何ページにも渡って、貼られている。
「引っ越しをするために、部屋の中の整理をしていたらさ。 お母さんが、幼稚園やキャンプの時、運動会や互いの家にお泊りした時とかに撮った写真を見つけてくれて。
 だから最初は、これを作ってみんなに渡そうと思ったんだ。 でもよく見ると、その写真のほとんどが・・・僕と夜月のツーショットのものが多くてね。 
 これじゃあ渡せないなぁ・・・って思っていたら、お母さんが『夜月くんにだけでも、渡したら?』って、言ってくれて」
理玖はそこまで話し終えると、自分の手提げからもう一つの手帳を取り出した。 その色は赤。 つまり――――

「ちなみに今夜月が持っているその手帳、僕とお揃いなんだ。 写真を貼ったり少し落書きをしたのも、お母さんもちょっとは手伝ってくれたけど僕がほとんどやった。
 それで・・・どうかな。 受け取ってくれる?」

これらの写真は、理玖の家で大切に保管されていた懐かしいものだった。 全てが理玖の両親によって撮られていたため、ほとんどがプライベートのもの。
学校では手に入らないような写真たちが、この手帳の中にはぎっしりと詰め込まれていた。 理玖とお揃いということは、まとめて小さな写真に現像してくれたのだろう。
この手帳はこの世にたった一つだけのものではなかった。 この世にたった二つだけのもの。 

それも――――夜月が一番大切にしている、親友理玖と同じもの。

夜月はこの手帳を力強く握り締めた。 そして開いているのをそっと閉じ、自分の胸に当て――――今の気持ちを精一杯に伝える。
「あぁ・・・。 もちろんだよ。 俺の一生の、宝物にする」
その言葉を聞いて安心したのか、理玖は優しく笑ってみせた。 そしてこの手帳は、今言った通り――――夜月にとって、一生の宝物となる。 この先、肌身離さず持っていた。 
ランドセルに入れたままでもいいのだがそれだけでは不安になり、常にズボンのポケットや上着のポケットに大事にしまったり。 
それ程夜月にとって――――この手帳は、かなりの心の支えになっていたのだ。 
大事そうに渡したものを抱えてくれている夜月を見て、優しく笑った理玖は――――最後の一言も、優しい口調で夜月に向かって発する。

「夜月。 本当にありがとう。 一番、大好きだよ」


しおり