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 胸が高鳴りの予感を覚えた直後であった。
「失礼いたします」
 扉が開いた。
 そこに立っていたのは、予想通り、フレン。
 ただし、グレイスが初めて見る姿であった。
 服がまったく違う。グレイスに接するときの大半がそうであるような従者としての黒い服や、礼装や正装のタキシードとも違う。
 色がまず、白だ。かっちりしたジャケットと、しっかり折り目の付いたスラックス。そして控えめな装飾がそれらを飾っていた。
 まるで……貴族の息子、といった様子であった。
 グレイスはなにも言えなかった。嫌だとか嬉しいとか。そんな領域まで思考が及ばない。ただ、目を丸くしてそんな格好のフレンを見つめるしかなかった。
 グレイスの様子に、そして見つめてくる視線にか。フレンは笑みを浮かべた。
 ちょっと照れた様子、という表情。グレイスは今まで何度も見て、よく知っている表情だ。
 それで思い知った。
 これは確かにフレンなのだ。自分の傍にずっといてくれたひとだ。
 格好など関係ない。来てくれた、のだ。
「フレン=ラッシュハルトです。お嬢様」
 胸に手を当て、軽く頭を下げる。
 名前は当たり前のようにフレンであった。
 けれど姓が違う。先程何度もあがった、ラッシュハルト、という姓。
 でもそのあとに続けられた、グレイスの呼び方。なにも変わっていなかった。
 グレイスはなにも答えられなかったけれど。
 ラッシュハルト、と名乗った。
 ということは、フレンはラッシュハルト家の人間になってしまったのだろうか。
 その意味するところもこれだけではわからない。
 目を丸くするばかりのグレイスに、フレンはやはり照れたような表情を浮かべ、ちょっとだけ首を傾げた。
「……こういうものは慣れませんね。このような服を着るなんて、もう二十年近く前になるでしょうか」
 二十年前。おそらくそれは、フレンがラッシュハルト家から出されたときのこと。
 自分と出逢う前のフレン。このような姿だったのだ。
「あとはフレンから話してもらうのがいいでしょう。私はお部屋に戻っているわ。お話が終わったら来てちょうだい」
 レイアは腰掛けていたソファから立ち上がる。扉へ向かおうとした。
 お部屋、とはレイアがこの屋敷に住んでいた頃の部屋であろう。レイアが出ていったのはかなり前とはいえ、手入れは怠られていないし、家具もきちんと残っている。
「おばあさま」
 グレイスは慌てて自分もソファを立った。レイアの元へ向かう。
 レイアの元へ、だけではない。この部屋に入ってすぐのように、しっかり抱きついた。
「ありがとうございます。今の私がこうして在れるのは、おばあさまのおかげでしたのね」
 レイアはちょっと驚いたようであったけれど、すぐにふっと笑みを浮かべてくれる。
「かわいい孫のためだもの。なんということはないわ」
 抱きついてくるグレイスをそっと撫でてくれた。そして扉に手をかけ、出ていく。
「貴女の幸せを願っているわ」
 ぱたりと扉が閉じて、小さな足音が遠ざかっていく。それを少しだけ聞いていて、グレイスは振り返った。

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