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 グレイスはなんとか顔をあげてそちらを見た。その先に見えたのは、どういうことか。確かにフレンだったのだ。
 こんな状況だ、顔は強張っていたけれど、グレイスがフレンを見上げたことで、無事であると理解したのだろう。強張った顔に僅かに笑みが浮かぶ。
「しっかり捕まってらしてください……!」
 フレンはグレイスを自分の体に抱きつかせ、片腕でしっかり抱えたまま、右手に持ったナイフを構える。隙だと見て飛びかかってきた賊の体を薙ぎ払った。
「ギャァッ!」
 胴を切り裂かれた賊が地面に転がり、倒れ込む。
 フレンの動きは最低限だった。グレイスを抱えているのだ、派手な動きなどできるはずもない。
 それは護身術のなせる技だっただろう。攻撃するのではなく、あくまでも自分の、そして主人の身を護るための力。
 途端、うしろからガラガラッ! と音が聞こえた。馬車の車輪のような音、と思ったのだがその通りだったらしい。
 ガシャッと乱暴に止まる音がして、ばらばらとひとの走る音が続いた。
「アフレイド男爵家への襲撃、大罪に値する! 覚悟!」
 何人いるかもわからない男たちが、賊に向かって突っ込んでいく。名乗りからするに、どうやら、アフレイド領の自警組織の加勢。
 自警組織の腕は確かだ。おまけに人数もじゅうぶん。果敢に賊たちに立ち向かい、そして。
 賊はすべて地面に沈められていたのである。
 はぁ、はぁ、と戦いのあとの息遣いが荒くその場に溢れた。
「……お嬢様。ご無事、ですか」
 もう一度、声が降ってくる。
 グレイスはもう一度、見上げて。そして見た。
 グレイスの大好きな翠色の瞳を持つ、フレンの優し気な顔を。
 一体、どうして、フレンが、ここに。
 訊きたかったけれど、そんな言葉は出てこなかった。
 助かった、のだ。
 なにがどうなったのかわからないが、助かったのだ。
 一気に体ががくがくと震えてくる。
 フレンが慌てた様子でグレイスの体を支え直し、そしてそろそろと地面に下ろした。そのまま腕に抱いて上体を支えてくれる。
「驚かれましたでしょう。もう大丈夫です」
 周りはざわざわしていた。叫び声や怒鳴り声がまだ響く。
 加勢にきた最初の一行だけでなく、もっとたくさんの馬車が走ってくる音もする。賊の捕縛にかもしれない。
「……フレン……どう、して……」
 グレイスはやっと、口を開いた。くちびるは震えてしまったけれど。
 それでもフレンの目をじっと見つめる。フレンはグレイスを安心させるように、笑みを浮かべてくれた。
「言いましたでしょう。わたくしはいつでも、お嬢様のお傍に」
 グレイスは目を見開く。
 誓ってくれた、言葉。
 こんなところで聞くなんて思わなかった。
 それに、本当のことにしてくれるなど思わなかった。
 目を丸くしたグレイスの体を、フレンはそっと抱き寄せ、胸に強く抱いてくれた。
「良かったです。ご無事、で」
 あたたかな腕に包まれて、護られて。
 グレイスは意識する前に手を伸ばして自分からもフレンに抱きついていた。きつくしがみつく。
「フレン……!」
 怖かったわ、助けてくれてありがとう、逢いたかった。
 言いたいことなどたくさんあった。けれどありすぎて出てこない。
 ただ、フレンに抱きつく。そのあたたかな体温だけですべて伝わるように感じてしまった。
「お嬢様。……帰りましょう」
 グレイスをどのくらい抱いていてくれたのか。フレンはやがてそっとグレイスを離し、静かに伝えてくれた。

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