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 震える足を叱咤して、グレイスは引っ張り上げられるままに傾いた馬車の壁を蹴った。
 首尾よく外に出ることに成功したものの、そこで息を呑んでしまった。
 外は酷いことになっていた。何人もの男たちが剣を交わしていて、キン、キンッと金属のぶつかる気持ちの悪い音が聞こえてくる。
 そして一番恐ろしかったのは、倒れている者が何人もいたことだ。
 黒っぽい服を身に着けた賊らしき者もいるが、アフレイド家の護衛の者も何人か、だ。赤い血もあちこちに見える。
 グレイスの心臓が一気に冷えた。
 しかし少し先に見えたもの。
 それは護衛に囲まれ、なんとか護られている父の姿だった。
「お父様っ!!」
 グレイスの声は悲痛になった。思わず駆けだしそうになって、しかしすぐに体は止まってしまった。
「いけません!」
 執事長に捕まえられたのだ。そしてそれだけでなく、ドンッとグレイスの体が突き飛ばされる。馬車の真横に。防壁の役目になるような場所へ。
 グレイスを安全な場所へ叩き込んでおいて、執事長は懐から取り出した短刀を手に、突っ込んできた賊と対峙した。
「この……! お嬢様に、手など出させるか……!」
 ぎりっと彼が歯を食いしばる音すら聞こえた。
 執事長の腕は確かだ。護衛の職ではないとはいえ、護身術は基礎以上の腕を持っている。
 そのとおりに、襲い掛かってくる賊にためらいなく短刀を振るい、次々退けていく。
 グレイスはそれを呆然と見ているしかなかった。
 なんということになってしまったのか。
 無事に済むのだろうか。
 死んでしまった者はいないだろうか。
 そして、父は。
 体が震えてきて止まらない。いるかもわからぬ神に祈るしかなかった。

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