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「お嬢様、お静かに」
 執事長の顔が固くなる。立ち上がりかけたグレイスの体の前に手を出して、制してきた。
 グレイスは立ち上がるのをやめて、再び長椅子に腰掛ける。どくどくと心臓が跳ねてきた。気持ちの悪い跳ね方で。
 執事長は外の様子を伺っているようだった。グレイスも息を潜めて同じように外の気配を探る。
「オーランジュ伯爵家への冒涜を働いた罪により、貴様らの命、もらい受ける!」
 男の低く、鋭い声があたりに響き渡った。息を呑んだのはグレイスだけでなく、この場の全員が、だっただろう。
 しかし一番心臓が冷えたのはグレイスだった。
 言われた言葉。思い当たらないはずがない。
 冒涜、それは自分のおこない、なのだから。
「覚悟!」
 それが最後だった。
 ザッと地面を蹴る音、なにかが壊れる鋭い音、ひとの叫び声。
 グレイスは真っ青になって震えるしかなかった。
 なに、これは、襲撃、こんなところで。
 自分の命が危ういことも理解して恐ろしくなったけれど、それ以上に、外のひとたち。
 御者や護衛についていてくれた使用人。
 それに、父。
 父は別の馬車に乗っていた。同じようにお付きを伴って、である。
 ……殺されてしまう、のかしら。
 血の気が引いた。
 けれどグレイスにできることなどない。おまけに見つからないよう隠れるなんてことも無理な話である。馬車は開けた道を無防備に走っていたのだから。
「うぉぉ……!」
「ギャァァッ!!」
 外からは聞いたこともないような恐ろしい声のやりとりが聞こえてくる。武器を交わして戦闘状態になったのは明らかだった。
 優勢なのは勿論、体勢をじゅうぶんに整え、待ち構え、襲い掛かってきた賊だろう。
 だが、グレイスの一行のアフレイド家も手練れの護衛がついている。戦闘になったとしてもじゅうぶんな能力を持つ者たちばかり。
 お願い、助かって、誰も、死なないように。
 グレイスは手を組んだ。神に祈るように、ぎゅっと、強く。
 突然、グレイスの乗った馬車に大きな衝撃が走った。
 ダァン! となにかがぶつかったような音。馬車が大きく傾ぐ。
「きゃ……!」
 グレイスは思わず悲鳴を上げていた。その体を執事長がしっかり抱きしめる。
「お嬢様! わたくしから離れぬように……!」
 途端、がしゃん、と大きな音がして馬車は横転した。グレイスは馬車の壁にしたたかに背中を打ち付けて呻いた。
 けれど執事長が抱いていてくれなかったら、体はまともに叩きつけられていたに違いない。
 そしてグレイスたちにとっての幸い。出口は上向きになった状態で止まったのである。
「……くそっ!」
 執事長が聞いたこともないような低い声でひとこと言い、バンッと扉を開けた。馬車の壁に乱暴に足をかけ、グレイスの手を掴む。
「お嬢様! 脱出いたします!」
「え、ええ!」

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