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お披露目

 大人になると誰でも多かれ少なかれ魔法が使える様になる。
 魔法を使うためには精霊と契約しなければならない。

 その儀式をするのが十五歳だ。
 だから、皆その時に聖女様は癒しの力を得るのだろうと予想している。

 癒しの力。空の精霊かそれとも風の精霊か。そのどちらかと契約をした者は治癒の魔法を使えるらしい。
 風の精霊と契約ができる人間は間々いるけれど、空の精霊と契約できる人間は百年に一度いるかどうかだ。
 だから、預言はそのことを伝えているのだろうと皆思っていた。

 私もそう思っていた。

 私の家は代々、風の精霊と契約をするものが多い家系だ。だから期待が寄せられていることも知っている。
 ただ、風の精霊と契約を結ぶ人間んはとても多い。

 多分今年生まれた少女の中でも風の精霊と契約を結んで魔法を使う様になる人間は何人もいる筈。


 一人一人儀式の間に呼ばれては魔方陣の前で精霊を召喚しては契約を結んでいく。
 それは毎年毎年もうずっと行われてきた儀式だ。

 十五の年になる子供以外に、魔法使いと呼ばれる魔法の力が強い人々と、それから貴族院から貴族がその様子を見ている。
 それに王族からも毎年数名この儀式を観覧しているらしい。

 私の番になった。

 広間は真っ白に塗られていてその上に魔方陣が描かれている。
 ここに向かって手をかざして、決まった呪文を唱える。

 呪文は前から知っていて、童謡にもなっている。
 だから、ほとんどの人がすらすらと言えるという。

 緊張で胸がドキドキとする。

 あらわれる精霊は人の形をしていたり動物の形をしていたり、水そのものの様な形をしていたりと様々だ。
 私も両親の精霊や、屋敷の執事の精霊を見せてもらったことがある。
 そのどれもがはかなげでとてもとても美しかった。

 私の呼びかけに答えてくれるのはどんな精霊なのだろうと思った。

 中には人の言葉を話せるものもいるらしい。おしゃべりが出来たら楽しいだろう。
 手を魔方陣にかざして呪文を唱える。

 一瞬キラキラと魔方陣が輝く。
 知識としてこの後精霊があらわれる事は知っていた。

 ドキドキという音が体中にこだましている様だ。

 光が収まる。
 ようやく私だけの精霊に合えるのだと思った。

 けれど、そこには何もいなかった。

 何もあらわれなかったのだ。
 魔方陣の中は空っぽでそこには何もいない。

 周囲がざわめく。
 それは最初は驚きでそれが次第に変わっていく。

「何かの手違いがあったのかもしれません」

 もう一度儀式をと言われて先ほどと同じ挙動と呪文を繰り返す。
 一瞬魔方陣は光りはするものの、やはりその中には何も無い。

 辺りのざわめきはどよめきと落胆の声に変わっている。

 私にも分かる。
 これは儀式が上手くいっていないからではない。

 私に何の力も無いからだ。

 くらり、と目の前が揺らいだ気がした。

 時々魔法の力に恵まれないものがいるという。貴族ではほとんど聞かないそういう人々は早世することが多いという。

 体が弱いから魔法が使えないのか、それとも魔法が使えないから体が弱くなるのか。詳しくはしらない。
 けれど私が恐らくそれであることはもううっすらと理解はしていた。

 それに、少なくとも私は癒しの力のある聖女ではない事もちゃんと分かっていた。

 グラグラとする視界にうずくまりながら、ああ、これからどうしようと思ってしまった。


 自分が聖女だなんて思ったことは無かった。けれどこんな風に何もできない人間になってしまうとも思っていなかった。
 両親がこれを知ったら悲しむかもしれない。兄ももしかしたら迷惑に思うかもしれない。

「すぐに、医務室にお連れしろ!」

 儀式に立ち会った魔法使いがそう言っている。

「無理矢理魔方陣を発動しようとして、体が拒絶反応を起こしております。
少し休めば体力も回復するでしょうから」

 そうそっと言われても、今は体力がどうとかというところまで頭が回らない。


 精霊と契約できずこれからどう生きていけばいいのだろう。ということばかり頭をよぎった。


 医務室に運ばれると、真っ青な顔をした両親が駆け付けた。
 父は私の召喚の儀式を見守っていたはずだ。

 私が出来損ないであったことをもう父も母も知っている。

 なんて言ってお詫びをすればいいのか思い浮かばない。
 何故、ちゃんと精霊を召喚出来なかったのかさえ私には分からないのに、なんといっていい訳をしたらいいのかなんてわかるはずが無い。

 無意識に歯を食いしばってしまっていた。

 ジワリ、ジワリと瞼が熱い。
 ぽろぽろと涙がこぼれるのを止めることができない。

 なんで、私はみんなが出来ていることができなかったのだろう。
 何度思い返しても、思い出せるのは何もあらわれなかった魔方陣ばかりで、言葉すら出てこない。

 涙は止まらない。
 私は貴族だ。

 貴族の家に生まれて貴族として育てられてきた。
 だから、貴族としての義務も分かっている。

 けれど、これでは私には何もできない。

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