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 父が顔をあげる。グレイスの目を見つめた。
 恐ろしく冷たい色で、怒りの乗っている父の目。
 グレイスに優しいとはいえ、家のことと秤にかけたら家のことを迷いなく取る父の性質がそのまま表れていた。
「なにを言うか」
 その目で睨みつけられる。グレイスはその視線に凍らされそうになりつつも、お腹に力を込めて踏みとどまる。
「私は……ダージル様のことを想えないのです。このまま嫁ぐなど、……っ!!」
 バンッ!! と、唐突に大きな音が立った。グレイスは言葉を切ってびくりと震えてしまう。
 目の前で、父が立ち上がっていた。今の音は、着いていた机に思い切り手をついたからのもの。
「なにをつまらないことを。想えるか想えないかなど。そんな気持ちは不要だ」
 グレイスの言葉を真正面から切り捨てるような言葉だった。
「私はお前に恋の相手を宛がいたいのではない。アフレイド家の存続のために婿が要る。ほかならぬお前に、だ。そこに気持ちなどは関係ない」
 グレイスの心をひとつずつ刺し貫いていくような言葉だった。グレイスの心がずたずたになってしまいそうなほど、鋭い言葉。
「だからできないなどという言葉は聞き入れられん。……戻れ」
 話は終わりだ、部屋に帰れという意味であったのだが、グレイスはぼうっとしてしまっていて、立ちつくしたままになっていた。
 とろっと、心臓から血が流れだしたような錯覚すら覚える。
 遅れてずきずきと痛んできた。
 胸が潰れそうに痛くて、思わずグレイスはワンピースの胸元を握りしめていた。
「帰れと言っている」
 もう一度睨みつけられて、グレイスは、ふらっと一歩後ずさった。足元がおぼつかなくて倒れてしまいそうだと思う。
 けれど駄目だ、そう、部屋に、帰らなければ。
 必死で自分に言い聞かせて、もう「失礼いたします」などと退室の挨拶もできるはずがなく、ふらふらと父の部屋を出た。
 ばたんと扉を閉じて、グレイスは体からふっと力が抜けるのを感じた。ぐずぐずとその場にへたりこんでしまう。
 頭の中は霞みがかかったようになっていた。それは雨の中で独りだったときとは違う意味で。
 自分は本当に今、独りになってしまったのだ。
 フレンはもう居ない。自分がそうさせた、せいで。
 じわっと熱いものが喉の奥に込み上げた。そのままぼろぼろと涙になって落ちてくる。
「お嬢様!?」
 遠くから声が聞こえた。女性の声。
 たったっと駆けてくる音が聞こえ、近付いてきて、そしてその人物は目の前にしゃがんだようだった。
「お嬢様、どうされました……お加減でも……」
 間近でははっきりわかった。リリスだ。グレイスの異様な様子に焦ったような声で、肩を支えてくる。
 しかし返事などできるものか。涙も落ちるままになるしかない。
 ぐったりとしてしまったグレイス。リリスは慌てた様子で声を上げた。
「誰か! 誰か、来てくださいませ! お嬢様が……!」
 ばたばたとやってきたのは屋敷の使用人たち。グレイスの様子を見て、一人の執事がグレイスを抱きあげた。部屋に運んでくれる。
 リリスがおろおろしつつもついてきて、ベッドに寝かされてからは、彼女が世話をしてくれた。
 そうされてもグレイスはぐったりしたままであった。
 もう、今は、なにも考えられなかったのだ。

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