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「なにが違うというのだ」
 ぎろりと睨みつけられる。それに怯みそうになりつつ、グレイスはお腹の下に力を込めた。
 駄目だ、引いては。きちんと説明をしなければ。
 だってフレンは悪くなどないのだから。
「フレンのせいではないのです。私が……」
 ごくっとそこで喉を鳴らしてしまった。こんなことを言うのはためらわれた。
 恥ずかしいし、自分の気持ちを口に出すようなこと。
 今までなかったのだから。
 ずっと胸に秘めていたのだから。
「私が、フレンに願ったのです」
 グレイスの告白ともいえる言葉。
 父は黙った。息を呑んだようだった。
 それはグレイスがフレンに想いを寄せていたという告白であったのだから。
 そんなこと、許すはずがないだろう。婚約者がいる身であり、そして規律に厳しい父が許すはずがない。
「ですから、フレンはなにも」
 グレイスが続けて言いかけたときだった。
 父が口を開いた。重い口調で言う。
「想い合う仲だからと言いたいのか」
 グレイスはそれには答えられなかった。
 想い合う仲なのではない。
 自分はフレンを想っているし、それはずっと前からのことで今も同じ気持ちだけれど、フレンからの気持ちはわからないのだ。
 ただ、あのとき腕に抱いてくちづけてくれただけだ。好いているだのの言葉は聞いていない。
 だからそうであるなんて言いきれやしないのだ。
 いくら抱擁もくちづけも想い人にするものだとはいえ、言葉が無ければ本当のことなんてわからない。
 勘ぐるならば、取り乱していたグレイスを宥めるためにしてくれたのかもしれないのだ。フレンはそんな意味でそういうことをするひとだとは思わないけれど、それだってやはりわからないこと。
「それは、……わかり、ません……」
 グレイスは俯くしかない。
 わからない、なんて情けないことだ。恋仲の者がすることが起こったというのにわからないなど。悲しいことだし、それに。
「わかりもしないというか。余計に許せんことだな」
 はぁっと父はため息をついた。困ったもの、というよりは、怒り、であるのだろう。暗くて吐き捨てるようなものだった。
「まぁいい、もうなにも変わらないからな。お前はダージル様に嫁ぐ。それだけしていればいい」
 言われて、違う意味でグレイスの心臓が冷えた。
 このまま嫁がされようとしているのだ。
 そんなことは当たり前なのだが。
 だって婚約までしたのではないか。グレイスもそれを受け入れたのだ。自分を偽った結果で、断ることなど出来なかったはいえ、なんの抵抗の言葉も言うことなく受け入れたのだ。
 だから、当たり前、なのだ。
 でもそんなことはできない。
 フレンのことだけではない。
 グレイスの心がもう受け入れられなくなっていると訴えてきたのだから。
「できません!」
 グレイスは言い放った。ぐっと拳を握って。

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