夏祭り×夏祭り その5
広場から少し離れた空き地のあたりから花火があがりました。
花火といっても朝のこの時間に上がるものですので、煙と音だけの物です。
商店街組合の蟻人達が担当してやっているこの花火ですけど、こういう音を聞くと
「さぁ、祭りが始まったぞ」
といった気分が盛り上がってきますね。
僕が元いた世界で営業していた頃のコンビニおもてなしでは、夏祭りがあるとお店の前に出店を出して、そこでいつもは店内で調理しているフランクフルトやフライドポテトなんかを飲み物と一緒に販売していました。
そうすると、祭りに向かうために道路を歩いている人達が、移動中のお供とばかりに購入してくださっていたんですよね。
それが、この世界にやってきてからというもの、常に中央広場の一角に出店を出させて頂けるという非常にありがたい状況なわけです。
その分、僕もやる気が出るというものです、はい。
そんな感じで気合いを入れてタテガミライオンの肉の串焼きを作成している僕の前では、ルービアスが
「さぁさぁ、皆様よってらっしゃいみてらっしゃい、こちらはコンビニおもてなしのお店でございますわよ。試食はタテガミライオンの串焼きです~。さぁさぁ、一口食べて、お気に入ってくださいましたらお買い上げくださいませませ」
フリフリとお尻を振りながら、まるで歌うように口上を述べているのですが、それが妙に人目を引くらしいみたいでしてルービアスの周囲はあっという間に試食を求める人々でごった返していきました。
すると、そのすぐ横の店頭に設置してあるかき氷機の左右に陣取っているリョータとアルトが、
「かき氷もあります!」
「冷たくて美味しいですわよ」
元気な声を張り上げていきます。
すると、ルービアスの試食に群がっていた皆さんが、そのまま2人の方へと移動し始めました。
中には、
「試食のタテガミライオンの串焼きもらえるかな?」
と言って、僕の方へ移動してこられる方も少なくありません。
そんな感じで、コンビニおもてなしの出店はあっという間に多くのお客様でごった返しはじめました。
ただ、作業を行っていると思わぬ事態が発生しました。
出店の中で僕が炭火を使用している関係で、出店の中が思った以上に暑くなり始めたのです。
「うわ……これは失敗したかな」
僕は額の汗をぬぐいながらそう思ったのですが……ほどなくするとその暑さが一瞬にして消え去りまして出店の中が非常に快適な温度になったのです。
……あ、これはひょっとして
僕は後ろを振り返りました。
そこには、対人恐怖症のスアが潜んでいる木箱があるのですが、その木箱の中からスアの右手が覗いていまして、親指をグッと立てる、いわゆるサムズアップの形をとっていました。
間違いありません。暑くなったのを察してくれたスアが魔法で出店の中を涼しくしてくらてのです。
スアの機転のおかげで快適な温度になった出店の中には多くのお客様が押し寄せはじめました。
と、いいますのも、昼が近づくにつれまして気温がどんどん高くなりはじめていたんですよね。
出店の中で涼まれるのも困るのですが、相手はお客様なわけですので
「買い物が済んだら出て行ってくださいね」
と、お願いするわけにもいきません。
そんなわけで、コンビニおもてなしの出店の中は昼が近づくにつれてさらに混雑していたのです。
この頃、ガタコンベの中の意外な場所が大混雑になっていました。
ダマリナッセが担当しているおもてなし診療所です。
いえね、暑さがすごいもんですから気分が悪くなってしまう方が続出しているらしく、そういった方々を祭りの警備に当たっているゴルア達辺境駐屯地のみんなや、衛兵の猿人達がどんどん連れていっているんです。
確かに混雑もすごいものの、
「あぁ、熱中症だね、これ飲んでごらん」
ダマリナッセがそう言ってスアの飲み薬を処方しまして、患者さんがその飲み薬を飲み干すと、
「あら、不思議!? すっかりよくなったわ」
と、ほぼすべての方が一瞬で完治しちゃうもんですから患者さんの回転はすごく速いみたいです。
フレイムゾンビドラゴンがいた頃ほどではないのですが、今日の日中の暑さはかなりのものです。
で、その暑さを当て込んだ商品がどこの出店でも大人気になっています。
僕達コンビニおもてなしの出店でも、リョータとムツキが実演販売しているかき氷や、ムツキが販売しているアイスクリーム、ヤルメキスとアルカちゃんが販売しているヤルメキススイーツが大人気になっています。
ちなみに、今日販売しているヤルメキススイーツは、全品冷製製品になっています。
シュークリームやエクレア。
小さな四角にカットしたケーキを3個まで串に刺すことが出来るカットケーキバイキング。
雪見だいふくもどきな氷菓などなど
そんな中にアルカドウフも加わっています。
フルーツなどが加わり見た目も爽やかになったアルカドウフなのですが
「まぁまぁ、ヤルちゃまの新作……ではなさそうね、でもとっても美味しそう」
いつの間にかヤルメキススイーツ販売コーナーのお客様の列に一般のお客様と一緒に加わっていたオルモーリのおばちゃまが、自分の番がくるなりアルカドウフを購入してくださいました。
そして、店内でそれを早速口に運ばれたのですが、
「まぁまぁまぁ、このすっきりとした冷たい甘さがたまらないわねぇ、果物がほどよいアクセントになっていてとっても素敵。おばちゃま、とっても気にいっちゃったわ」
とっても素敵な笑顔を浮かべながら、それはそれは美味しそうにアルカドウフを食べていかれたのです。
で
その光景を見つめていた、ヤルメキススイーツの販売スペースの前で行列を作っていた皆様は、一斉に唾を飲み込まれまして、
「す、すいません、このアルカドウフも追加で」
「あ、こ、こっちもアルカドウフお願いします」
と、一斉にアルカドウフへの注文が殺到し始めたのでした。
それまでは、ヤルメキススイーツの新作とはいえ、ヤルメキスではなく新入社員のアルカちゃんが作ったということで売れ行きがいまいちな感じだったんですけど、オルモーリのおばちゃまのおかげでアルカドウフが一気に売れ始めたわけです、はい。
「……ある意味、実演販売してくださった感じだよね」
そう言った僕なんですが、そんな僕の元に試食の補充にやってきていたルービアスも
「むむ……なかなかすごい試食テクですね、負けていられませんですね」
そう言いながら口を真一文字に結んでいました。
そんな僕達の視線の先で、オルモーリのおばちゃまはアルカドウフを、ゆっくり味わいながらそれはそれは美味しそうに口に運び続けておられました。
そんなオルモーリのおばちゃまの横にあるヤルメキススイーツの販売スペースでは、アルカちゃんがとても嬉しそうな笑顔を浮かべながら商品をお客様に手渡していました。
ガラス製品やキュアキュア5の商品なども結構な売れ行きをしていまして、その接客をパラナミオが頑張ってくれています。
スアのアナザーボディ達もそのお手伝いをしてくれているのですが、この4体のアナザーボディ達は言葉をしゃべれませんからね、すべてはパラナミオにかかっているわけです。
パラナミオが処理しきれないくらいのお客様が押し寄せてきたら、僕がすぐにでも駆けつけようと思って準備をしていたのですが、そんな僕の心配を余所にパラナミオは
「はい、これですね、ありがとうございます!」
満面の笑顔を浮かべながらテキパキと接客をこなしてくれていました。
この分だと、僕は焼き物に専念していても大丈夫そうです。
ガタコンベの上空を定期魔道船が通過するたびに、街中に新しいお客様が押し寄せてきます。
そのお客様達で、ガタコンベの夏祭りは大盛況になっていました。