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 そう、それである。婚約者らしいこと。
 リリスはぼやかして言ったけれど、まぁ、男女のすることである。そういうことに身分の差などないだろう。
「そう、ね……そういう、ことが」
 グレイスの視線は少しさまよって、それから下に落ちた。膝の上に乗せていた自分の手を見てしまう。そんなところにはなにもないというのに。
「そうでしたか。それは驚かれましたね」
 リリスの次に言ったことはちょっと意外だったので、グレイスは思わずそちらを見ていた。リリスのやわらかな笑みを浮かべた顔と向き合う。
『婚約者らしいこと』
 それがグレイスにとってショックであったのを、言わずともわかってくれたらしいのだ。それで少し驚いてしまった。
 でもおかしなことでもない。なにしろリリスはグレイスが幼い頃から仕えてくれているのだ。グレイスに恋愛経験がないことは知られている。
 そこからの連想で、グレイスが熱を出したこととあわせて、『いきなりのことにショックを受けた』と取ってくれたのかもしれなかった。敏い女性である。
「ダージル様にお気の引けるお気持ちはお察しいたします。でもあまり思い悩まれなくても良いと思いますわ」
 リリスの言葉は優しかった。ゆっくり話してくれる。
「私も、お嬢様と同じくらいの年頃に夫に出逢いましたけども。はじめから上手くはいきませんでしたもの」
 リリスの話は、実体験に基づいているものだったようだ。それはグレイスの興味を惹いた。
「そう、なの」
 既に結婚してからそれなりに長いリリス。グレイスにとってはもう立派な大人の女性である。
「そうですよ。最初から上手くやれる方のほうが少ないのです」
 グレイスを力づけるためかもしれないが、そう言ってくれた。グレイスの心はそれにほどけていく。
 少なくとも悩みのひとつ。ダージルとのやりとりについて。それは少しずつ軽くなっていくのが感じられた。
「例えばですね、夫が気持ちを伝えてくれたときのことですけど……」

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