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 リリスの手は、グレイスが一番好きなひとのものとは違う。それは当たり前のこと。
 でも着替えをさせてくれるとき、メイクをしてくれるとき、髪を結ってくれるとき。
 グレイスに触れてくれるその手はいつだって優しく、近くにあってくれるものなのだ。
 私は、きっと、独りではないのだわ。あたたかさはグレイスにそう伝えてきた。
 それはフレンがいつか、手の甲に忠誠のくちづけをしてくれたときとは別の意味。
 でも『独りでない』にも様々な意味があるのである。
 グレイスはごくりと喉を鳴らした。核心は言えるはずがないと思った。こんなこと、ひとに話したらどうなるとも知れない。それが信頼しているお付きのリリスでも。
 でも、もうひとつのことならば。
「あの、……いいかしら」
 グレイスが『話したい』と思って言ったのは伝わってくれたらしい。リリスは小さく笑みを浮かべて、「はい」と答えてくれた。
「その、……ダージル様と、少し」
 はじめから言葉は濁って、情けないと思ってしまった。
 けれど自分でも思い出したくないし、おまけにこのようなことは初めてなのだから、恥ずかしくもある。それを悟ったようにリリスから言ってくれた。
「なにか、いさかいでもあられましたか?」
「いえ、そういうわけでは……ないと、思うのだけど……」
 あれはまだはっきりと『いさかい』でもないだろう。無礼だったとは思うけれど、少なくともダージルは明らかに怒った、という様子ではなかったのだから。今は、それよりも。
「では、なにか、婚約者様らしいことでもおありでしたでしょうか?」

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