バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

 それはなによりはっきりしたものだっただろう。言葉よりもはっきりとした。
 言葉は端的だったのに、グレイスがそのひとことに込めた気持ちや想い。フレンには伝わったはずだ。それだけの時間を一緒に過ごしてきた。
「……お嬢様」
 フレンの手は止まった。グレイスの肩にかかったまま、グレイスを剥がすでも、あるいは抱き寄せるでもなく止まってしまう。
 だからグレイスはもっと強くフレンの胸元を握って顔を押し付けるしかない。上等なジャケットがよれるなんてこともかまわずに。
 触れているのに寒いと感じた。普段なら、手に触れられただけであたたかくなるのに、今は寒いままだ。
 不意にグレイスの体が引き寄せられた。きつく抱き寄せられる。それはグレイスが縋っていたときよりも、ずっと近くへ。
 かっと、グレイスの体に火が付いたようだった。体の奥に熱が灯る。
 それは一瞬で全身に回った。どくっと熱く心臓が跳ねて、どくどく熱い血を流しはじめる。
 その感触に、グレイスは理解した。
 自分があたたかくいられるのはもうここしかない。この、腕の中しかない。
 それに応えてくれるように、その腕はグレイスをきつく抱擁してくれている。
「お嬢様、……すみません」
 グレイスをきつく抱きしめて、フレンが言った。グレイスはどうして謝られるのか、と疑問に思った。体の熱さと雨の感触に半ばぼうっとしながら。

しおり