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 そして思い知った。
 自分は、そういうときにやってきてほしいひとは一人しかいなかったのだと。
 それはいくら自分を取り繕って、自分に違うことを言い聞かせたとしても、変わらなかったのだと。
「……フレン!」
 ばっと立ち上がっていた。樹の下から飛び出して、走ってきたそのひとの元へ向かう。
 まるで体当たりするほど強く、その名のひとに抱きついた。
 グレイスの勢いが強すぎて、そのひと……フレンの手から、ばさっと傘が落ちる。
「お嬢様、走っていってしまわれたと聞いて……」
 言われたことにずきりと胸が痛む。ダージルから聞いてフレンは探しに来てくれたのだろう。でもあのことはもう思い出したくない。
 ただ、ぎゅっとフレンの胸元を握りしめて身を寄せる。馴染んだ香りがした。
 紅茶の香り、陽に干された服の香り、そして彼のまとうそのままの香りも。
 でも今は、雨のにおいも濃かった。傘の隙間から雨が入るのも構わず走ってきてくれたからだろう。
 普段なら安心するはずの香りと感触、体温。一人で樹の下にいたときはあれほどほしいと思ったのに、何故か。ちっとも安心できなかった。
 それはまるで、じわじわと体に降り注ぐ、激しくなってきていた雨のように。
「お嬢様、濡れます……」
 その通りのことをフレンが言った。そっとグレイスの肩に触れてくる。その手は優しくて、いつもしてくれるような手つきで。さっき触れられたダージルとはまるで違っていた。
 あのときだって優しくされなかったわけではないのに。どうしてまったく違うのかなんて、グレイスにはもうはっきりわかってしまっていた。
「フレン、嫌よ」
 なんとか絞り出した。雨に凍えた体のままに、震えたような声になった。
 それでも口に出す。ぎゅっとフレンにしがみついて。
「貴方以外なんて、嫌よ!」

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