バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

 ぼうっとした。それは嫌な意味のぼんやりとした気持ちだった。
 しかしすぐにはっとする。見つかったのだ。それも何故かここにいるダージル、に。
「す、すみません……」
 なんとか言った。心臓がばくばくしてくる。樹にのぼろうとしていたのが露見したのもそうだが、それ以上に、腕に抱かれてしまっているのだ。
 数日前、ジャスミンの花たちの前で腰を抱かれたときとは比べ物にならなかった。もっと密着して、はっきりと抱かれてしまっている。
「ストールを取ろうとしたのかい」
 ダージルの口が動くのが見えた。グレイスは、ええ、とか、すみません、とか言うつもりだったのだが。
 そこにぽつっとなにかが触れた。どうも水滴のようだった。つられるように上のほうに視線をやると、ぽつぽつっと小さな雫が落ちてきはじめている。雨が降り出したようだ。
「……いけないね。戻らなくては」
 ダージルも雨には気付いたらしい。そう言って、グレイスはほっとした。このまま屋敷に戻ることになると思ったのだ。
 実際、ダージルもグレイスを起こしてしっかり立たせてくれた。
 体が離れて、グレイスはもうひとつ、ほっとする。ダージルは背が高いので、樹に引っかかったストールに難なく手が届いたようだ。引き寄せて、無事に確保した。
「あ、ありがとう、ございます……」
 そのまま渡してくれると思ったので、グレイスは手を出しかけたのだけど、ダージルの行動は違っていた。
 ふわっと、グレイスの髪の上にストールがかけられたのだから。グレイスはきょとんとしてしまう。
「雨がかかるといけないからね」
 言われたことには納得したけれど。確かに雨除けにはなるだろう。
 でも屋敷はすぐそこなのだから、走れば……。
 しかしすぐに思いなおす。
 走るなんて、婚約者の前でできるものか。そんなお転婆。

しおり