バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

 しばらく奮闘したものの、グレイスは諦めた。樹にくぼみがあるのを見て思い付いたのだ。
 あそこに足をかければ届くかもしれない。
 思い付けば、俄然わくわくしてきてしまった。
 久しぶりにちょっとお転婆なことができる。それも、ストールを取るためなのだから別に悪いことでもない。マリーはともかく、慣れないダージルと過ごすのには少し気を張っていたので、ちょっとした気分転換になるだろう。
 よって、グレイスは低い枝に手をかけて、スカートをちょっと避けてから樹のくぼみに足をかけた。そのまま力を入れてのぼりかけたのだけど。
「グレイス!」
 唐突に名前を呼ばれた。直後、がしっと体が掴まれる。
 しかしそのせいでむしろバランスを崩した。ぐらっと体がかしぐ。
「きゃ……」
 枝からも手が離れてしまってグレイスはひやっとした。
 倒れる……!
 衝撃を恐れ、咄嗟にぎゅっと目をつぶった。
 けれど地面には叩きつけられなかった。代わりにぽすっとやわらかいものに体が当たる。
「危ないじゃないか」
 上から声が降ってきた。グレイスは戸惑ったけれど、そろそろと目を開ける。
 そのままちょっと視線をあげると、目が合った。
 自分を抱き留めたひとと。
 青い色の瞳だった。
 一瞬、グレイスは視界が揺らぐような思いを味わう。
 いつもなら、こういうとき、目に入るのは、翠……なのに。

しおり