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夏祭り×夏祭り その2

 ガタコンベの街中は夏祭りの準備で大賑わいです。
 いつもは閑散としている裏通りなのですが、今日はここにも多くの人が往来していまして出店の準備をしています。

 ブラコンベ辺境都市連合が主催している季節の祭りですが、開催都市にある中央広場が常に主会場になりまして、そこに各都市を代表するお店が出店を出します。
 その周辺に、各都市からの任意参加者達がお店を出す形になります。
 今回の夏祭りでいえば、ナカンコンベから出店するドンタコスゥコ商会や、テトテ集落、オトの街からやってくる皆さんがここでお店を出す格好になります。
 そして、それ以外の裏通りなどは基本的に誰がお店を出してもいい自由出店スペースになっています。
 ここでは、冒険者の人が仕留めた魔獣の肉を売ったり、農家の方が自分で育てた野菜を直接販売したりしていますので割と賑わっています。本来であれば、冒険者の方が魔獣の肉を直接販売する行為は禁止事項でして、冒険者組合に売却するか専属契約を結んでいるお店に直接買い取ってもらう形式しか認められていませんし、農家の野菜にしても商店街組合が経営している市場での販売が義務づけられています。
 ですが、この季節の祭りの際だけはこの規約が撤廃されるものですからみんな、ここぞとばかりにあれこれ販売しまくるわけです、はい。
 そのため、季節の祭りが近づくと、冒険者組合では肉の、市場では野菜の流通が少なくなる傾向にあります。みんな祭りに備えて備蓄しているわけですね。

 そんな自由出店スペースですが、僕としてもとても懐かしい思い出があります。
 かつてこの自由出店スペースに出店していたヤルメキスと偶然出会ったわけです。
 彼女とこの季節の祭りで出会えたおかげで、コンビニおもてなしの看板商品の1つになっているヤルメキススイーツが出来上がったのですからね、ホントに感慨深いことこの上ありません。

 そんなことを考えながら、僕はパラナミオ達と一緒に裏通りを歩いていました。
「パパ、ここもとっても賑やかですね」
「うん、ホントにそうだね」
 嬉しそうに笑っているパラナミオに、僕も笑顔を返していきました。

 と

 そんな僕の目が、とある一角でとまりました。
 僕達の少し先……出店の準備が進んでいる裏通りの一角に、一人の女の子が倒れていたのです。
 どうやら出店の準備をしてる最中だったようなのですが、その途中で倒れてしまったようです。
 その女の子の元に駆け寄った僕は、
「もしもし、大丈夫ですか?」
 そう言いながら女の子の肩を揺すっていきました。
 すると、その女の子から

 GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU……

 と、すごい音が聞こえてきました。
 ……うん、そうですね……僕の聞き間違いで無ければ、今のはお腹がなった音のような……
 そのすごいお腹の音と同時にその女の子は目を覚ましました。
「……今の、聞こえたアル?」
 その女の子……どうやら猿人さんのようですけど、尻尾がすごく長いので、尻尾が短いセーテン達とは種族が違うようですね。
 で、その女の子は顔を真っ赤にしながら僕を見つめています。
 その女の子に、僕は
「……い、いや、何も聞こえてないよ」
 そう返事を返しました。
 自分のお腹が鳴ったことを恥ずかしがっている女の子に、それを伝えるわけにはいきませんからね。
 そう判断したからこそ、そう言った僕なのですが、
「え? パパ、すごく大きなお腹の音がしたじゃないですか」
 僕に向かってリョータがそう言いました。
 その言葉に、僕は思わず固まりました。

 ……リョータに悪気は一切ありません
 えぇ、リョータは自分が見聞きしたことを正直に言っただけです。
 そんなリョータを怒るわけにはいきませんけど、とりあえず女性に対するエチケットと言いますか、そういうことも近いうちに話をしていかないと、と思わなくもないのですが、僕が元いた世界で例えるなら小学校に入学する前のリョータにそんなことを理解しなさいと言うわけにも……
 僕が、頭の中であれこれ思考を巡らせていると、女の子はガバッと起き上がりましてリョータの胸ぐらを掴みました。
「お前、聞いたアルか?」
「うん、聞こえたよ」
「ホントに、ホントに聞いたアルか?」
「うん、ホントにホントに聞こえたよ」
 女の子の言葉に、笑顔で正直に返事を返していくリョータ。
 その周辺では、さすがにまずいと気付いているアルトとムツキが、どうにかしてリョータに
『ごまかして!』
『気のせいだったって言うのよ!』
 と、ゼスチャーで伝えようとしているのですが、リョータは自分に話しかけている女の子をまっすぐに見つめているものですから、その2人の様子にまったく気が付いていません。

 しかしあれですね……やはり女の子の方が、こういった女心に気付くものなんですね……気のせいかパラナミオだけは『アルトとムツキは何をしているのでしょう?』的な表情をしながら首をかしげているような気がしないでもないのですが……
 
 僕がそんな考えを巡らせている中……その女の子はリョータの首を掴んで、その顔をジッと見つめ続けています。
 リョータは、そんな女の子を笑顔で見つめ続けています。
「……お前、私の恥ずかしい音を聞いたアル」
「あれは恥ずかしいの? お腹が空いたら僕もなるよ」
「それはそうアルけど……ともかくお前は私の恥ずかしい音を聞いたことに変わりないアル」
「うん、そうだね。お腹の音は確かに聞いたよ」
「私はもう、恥ずかしくてお嫁に行けないアル」
「え? そんなことはないと思うよ、君可愛いし」
「そ、そう思ってくれるのなら……私の恥ずかし音を聞いた責任を取って、私をお嫁さんにもらってほしいアル」
 そう言うと、その女の子は、いきなりリョータの頬にキスをしていきました。
 その女の子は、顔が真っ赤です。
 それを見ていたアルトは
「まぁまぁまぁ!」
 なんか妙に盛り上がりながら真っ赤な顔をしつつも満面の笑みを浮かべています。
 その横でムツキは
「にゃしぃぃぃぃ!」
 これまた妙に盛り上がりながら真っ赤な顔をしつつも満面の笑みを浮かべています。
 で、僕の横のパラナミオは、
「はわわぁ!?」
 顔を真っ赤にしたままその場で固まっています。

 そんな3人の前で、リョータはその女の子の肩を掴んで自分から少し離すと
「えっと、僕はまだ君の名前も知らないし、君のこともよく知らないからさ……まずはお友達になってくれる?」
 そう言い、にっこり微笑みました。
 すると、その女の子は、
「そ、そうアルね。まずは結婚を前提にしたお友達からのお付き合いアルね。私はアルカというアル。これから末永くよろしくアル、旦那様」
「旦那様はやめてよアルカちゃん。僕はリョータだから、リョータと呼んで欲しいな」
「いやいや、これから結婚を前提にお友達としてお付き合いしていくアル、旦那様とおよびしないと申し訳ないアル」
「いや、でもさ……」
「駄目アル……」

 僕の前で、なんかそんな会話を交わし続けているリョータとアルカちゃんですけど……アルカちゃんは確かに見た目はリョータとほぼ同じ年齢のようですけど、いやはや、なんかすごい勢いですね、これは。

◇◇

 アルカちゃんが渋々ながらもリョータのことを『リョータ様』と呼ぶことで納得し、話が一段落したところで、僕は改めてアルカちゃんに声をかけました。
「アルカちゃん、さっき倒れてたような気がしたけど、大丈夫なのかい?」
「あ……そ、それは……」
 僕の一言で、空腹だったのを思い出してしまったらしいアルカちゃんは、再び鳴りそうになったお腹を慌てて押さえていました。
 その様子で全てを察した僕は、魔法袋に入れて持ってきていた昼食用の弁当をアルカちゃんに差し出しました。
「よ、よいアルか? 食べても」
「うん、リョータの友達になってくれたんだし、そのお礼ってことで」
 僕が笑顔でそう言うと、アルカちゃんは
「さすがはリョータ様のパパ上様アル!」
 そう言うと、すごい勢いでお弁当を口に運んでいきました。
「お、おいしいアル……もぐ……すごく、モグ、美味しい……」
 アルカちゃんはすごい勢いで弁当を食べています。
 本当にお腹が空いていたようですね、僕の分をあっという間に平らげてしまいました。
 すると、リョータが僕の袖を引っ張りました。
「パパ、僕の分もあげてください」
「いいのかい? リョータ」
「えぇ!? い、いけないアル、リョータ様、未来の旦那様のご飯をいただくなんてそんな恥ずかしい真似は出来ないアル」
 僕とリョータの会話を聞いたアルカちゃんは必死に首を左右に振ったのですが、僕がお弁当を差し出すと、
「……で、でも……き、今日だけは、その……ご厚意に甘えさせていただくアル……」
 口の端から涎を垂らしながら、2つ目の弁当を平らげはじめました。

 で、アルカちゃんが弁当に夢中になっている間に、彼女が準備していた出店の方を見てみたところ……どうやら料理をするつもりだったようですね、調理器具らしきものが並んでいました。

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