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「これはお茶にするために育てられているのかい」
 近くへダージルがやってきた。フレンは彼を振り返り、笑みを浮かべる。
「おそらく野のものかと思われます」
 丁寧な口調はそのままだったけれど、グレイスは確かに感じる。
 自分と話すときのものとはまったく違う、と。
 それは嬉しく感じられてしまうことだった。フレンの中で自分が特別なのだと感じられて。
 しかしグレイスはそれに心が少し陰るのを感じてしまった。
 本当はこんなふうに感じてはいけないのだろう。ダージルと率先して会話をして、仲良く過ごすのが理想的なのだ。なのにこんな、フレンのことばかり考えてしまって。
 自分がまだ思いきれていない、とグレイスは思い知ってしまう。こんな些細なやりとりひとつからでも。
 近くに居ればどうしても想いはフレンに持っていかれてしまうし、そんな彼の前で婚約者と仲を深めようとするのも、本当は気が進まない。
 でも、しなければいけないのだ。それがこの旅行の目的なのだから。
 グレイスは無理やり自分に言い聞かせ、一歩踏み出してダージルの横に並んだ。
「グレイスはお花が好きかい」
 ダージルはグレイスを振り向き、笑みを浮かべた。グレイスの悶々としていた気持ちに気付いてはいないようだ。グレイスはほっとして頷いておく。
「はい。ジャスミンティーは飲んだことがありますが、お花を見るのは初めてなのです。とてもかわいらしいですね」
「ああ、私も新鮮だ。普段目にするのは手入れをされた庭の花が多いからね」
 そこからしばらく花の話などなんということもない話題になり、やがてダージルはかがんでジャスミンを一輪摘んだ。
 グレイスはどきっとする。別に摘むことはなんの問題もないだろう、育てられているのではないのだから。でもそのジャスミンの行き先はと考えたら。
 勿論、グレイスの想像した通りになった。
「ちょっとじっとしておいで」
 ダージルはグレイスの髪に手を伸ばし、髪のまとめてあるところへそっとジャスミンの花を差し込んでくる。ごそりと髪に触れられるけれど、その手つきはとても優しかった。嫌悪感はない。少なくとも。

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