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「おや。なんでしょう」
 フレンはちょっと首をかしげた。
「その……ダージル様は犬を飼ってらしたの」
 グレイスのそのひとことだけで、フレンは事態を理解してくれたらしい。目を丸くした。
「なんと……それはちょっと、困りますね」
「ええ」
 フレンがグレイスの犬嫌いを知らないはずがない。そもそもグレイスが犬に襲われたとき、助けてくれたのはフレンなのだから。よく知っているに決まっている。
「それで、溺愛されているようで……その、なんと言ったら良いかしらね。なんだか意外なお顔だったというか……」
 流石に、犬に押し倒されて地面に転がっても満面の笑みだったとは言えない。グレイスは言い淀んで、誤魔化してしまった。
 フレンには『誤魔化した』とはわかってしまっただろうが、言いにくいことだったからだというのもわかってくれたらしい。小さく頷いた。
「飼い犬様を愛してらしたのですね」
「まぁ……ええ。そういう様子で」
 とりあえずそこが伝わればいいのだ。ほっとしてグレイスも頷いた。
「そうですか……。好ましく思われませんでした、か?」
 心配そうな声でフレンが訊いてきた。今、馬車の中は二人なのだ。ついてきたほかの使用人たちは別の馬車に乗っているのだし、御者は馬車に誂えられた部屋の外。はばかることはない。
「ん……よくわからないわ」
 グレイスはちょっと考えて、曖昧な返事をした。
 確かに驚いた。けれど人間、良い面ばかりではないのだ。意外な一面だとか、ちょっと困った面だってあるだろう。だから、そういうもののひとつを見ただけで『嫌』とも言えやしない。
「そうですよね。まだお互いのことをよく知っているとは言い難いですものね。これから色々とあるでしょうし」
 フレンもそれだけで済ませてくれた。グレイスはほっとする。
 同時に不安にもなったけれど。

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