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 なんなんでしょう、この方は、先程まではあれほど紳士的だったのに。
 でもきっと、これが素……。
 胸の中でグレイスはそのように思い、ぽかんとしてしまった。
 嫌悪感より、犬に対する恐怖より、驚きがもはや勝っていた。
「あ、あの……ダージル、様……?」
 なんとか言った。グレイスのその言葉にやっとダージルはこちらを見てくれた。
 しかし勿論、地面に転がったままである。おまけに笑顔のままだった。
 つい素を晒してしまったようなのだ、気まずげになるかと思ったのだが、そんなことはちっともない。そんな顔だった。
「ああ、すまない……リモーネ、退いておくれ」
 ダージルが声をかけると、リモーネは残念そうな様子を見せたものの、大人しく引いた。
 ダージルはそのまま立ち上がって、上等な服をぱんぱん、と払った。けれど土の上に倒れたのだ。汚れはしっかり残ってしまっている。
「すまない、つい興奮してしまって」
 興奮。犬に……リモーネに、に決まっている。
 グレイスはなんと言ったものかわからなくなった。
 だって、この様子ではダージルは犬好きに決まっている。そしてグレイスは犬嫌い……。
 これは。
 厄介な……こと。
 なのでは。
 グレイスは一文一文、この嫌な可能性を噛みしめるしかなかった。
「紹介しよう。俺……あ、いや、私の飼い犬のリモーネだ」
 だいぶ遅い気がしたが、ダージルはリモーネを紹介してくれた。
 リモーネも自分が話題になったのはわかったのだろう。グレイスのほうを見た。
 金色の目をしていた。レモンのような色で、それでリモーネという名前なのかもしれなかった。
 グレイスには名前など気にしているところではなかったが。なんという名前でも種類でも、犬であることに変わりはないのだから。どの犬だって同じである。

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