バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

 ためらいつつも、グレイスは受け入れた。マリーが言ってくれた言葉を。自分で口に出してしまえば、なんだか自分の気持ちを再確認するようになった。
「そうよ。いきなり『結婚相手です』『好きになれ』なんて言われて戸惑わないひとなんていないわ」
 マリーの次の言葉にはどきっとしてしまったけれど。
 『好きになれ』
 その通りだ。婚約ということは、相手を、ダージルをいくらかは好くようになれ、ということなのだ。今更思い知らされてしまう。
 だって、好きになれるかなんてわからない。別に愛がなくとも結婚はできる。
 けれどそんなことは自分が苦しい。なんの感情もない相手と夫婦ごっこをするなんて。
 だから、いくらかでいいので好意を持つことは理想的なのだった。それを考えてしまうと。
 やはり思い浮かぶのは、今『好き』という感情を持っているひとのことなのであった。叶いやしないとわかっていても、すぐに捨てられやしないから。
「グレイスは今、好意を持っている方はいないのよね?」
 マリーは気軽に言ったに決まっている。そんな口調だった。
 けれどグレイスはぎくっとしてしまう。
 マリーには具体的に話していない。だって、グレイスの中でしっかりした形をとったのはまだ最近のことなのだ。
 そしていくら仲が良くて信頼しているとはいえ、マリーは身内。なにかの拍子でどちらかの家に露見しない保証などない。だから、言えやしない。
 誰にも言えないからこそ、もっと煮詰まってしまっているのかもしれないが。
 一瞬だけ、言おうかためらった。この煮詰まった気持ちが少しでも楽になるかと思って。
 でもやはり呑み込んでしまう。無理に笑みを浮かべた。
「ええ、特には」
 返事は肯定でありながらはっきりしたものにはならなかったけれど。マリーはそれで頷いてくれた。
「それならまだ良かったのかもしれないけれど……引き裂かれるなんてことになっては、悲しいどころではないわ」
 グレイスの胸に、ちくりと突き刺さった。悲しいどころではない。本当に、その通りである。
 しかし幸い、マリーはこの話題を長々続けるのも酷だと思ってくれたらしい。
 なにしろ今のところ楽しい話ではないのだから。話は急に違うところへ行った。
「そうそう、来月に予定していた旅行だけど、そのときには謹慎は終わっているのでしょう」
 グレイスはほっとした。楽しそうな話題に切り替わったことで。

しおり