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「……ええ。……フレン」
 グレイスは諦めた。言いたかったことは言えるはずもない。今はやめよう。
 代わりに違うことを言う。
「本当に悪かったわ。それで、……ありがとう」
 グレイスの心からの言葉。フレンは表情を崩す。「ええ」と言ってくれた。
「でももうやめてくださいませよ。私がどんなに心臓を冷やしたことか」
「わかっているわ」
 それで本当におしまいになった。フレンは「お夕食のお時間に呼びに参ります」と、一礼して出ていってしまったのだから。フレンを見送って、グレイスは息をついた。
 はぁー、と長いため息のようになった。今更、何故か顔が熱くなってきた。
 包まれた手。まだあたたかい、いや、それを通り越して熱いようにも感じる。
 そしてフレンの『楽しみにしていた』という気持ちとその表現。
 それがまたグレイスの頬を熱くしてしまう。
 フレンは従者としての気持ちで言ってくれたに決まっている。
 でもなんだかグレイスに誤解をさせるようなものだった、と思ってしまうのは仕方がない。
 それに、これも今更なのであるが。
 今度は手と顔だけでなく、体全体が熱くなってしまうようなこと。
 助けられたとき。腕に抱きとめられたとき。

『良かった……良かった、です……ご無事で』

 涙声にも近く、言われたこと。
 そのときに、強く抱きしめられたこと。
 これこそ本当に、今更だというのに身に染みてきた。
 今度は顔が熱い気がする、では済まなかった。かーっと頬が燃えてしまう。きっと真っ赤になっているだろう。
 思い出したのがフレンの去ってからで本当に良かった、とグレイスは思う。
 フレンは従者、であるけれど。自分の気持ちはただの従者に対するものではない。
 今まではほんのりしていたその気持ち。今日の一連の出来事で、一気に形になってしまった気がする。
 気晴らしどころではなかった。今度は違う意味の悩みが生まれてしまう。
 後悔していいのか喜んでいいのか。グレイスにはまだわからなかった。

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